第二百四十四話 理由
「嫌いなはず、ないじゃないか」
疾風が雪の肩をポンと叩き、励ますように言った。
「嫌いなはずない。だけど紫野は俺や聖羅と違って、そういうことは苦手みたいだ。話題にすらしたくないらしい」
それから思い切ったように手を打つと、
「よし。雪、俺に任せておけ。紫野の気持ちを確かめてやる」
そう言って、雪の瞳をのぞき込んでうなずいた。
「疾風……ほんとう? 確かめてくれる?」
声が感激に震え、雪はまた赤くなる自分の顔を両手で押さえた。
疾風の笑顔が、この上なく頼もしい。
「ああ……だが、もし紫野が『わからない』と言っても落胆するなよ。気長に待て」
そして片目を瞑って見せた。
「『わからない』は、紫野の口癖だからな」
雪と別れて、疾風は考えていた。
たしかに最近の紫野には、昔以上に何を考えているのかわからないところがある。
思ったことをすぐ口にする聖羅とは、対照的だ。
ふと、疾風の頭にずっと昔の光景が浮かんだ。
あれは妙心寺で最初に紫野に出会った日――
縁側に腰掛け短い足を前後に振りながら、手の中で手毬をくるくると回しながら眺めていた、小さな紫野。
(あの時、紫野は何を思っていたのだろう?)
そう考えてから疾風は、はっとあることに気づき、自分自身をさえいぶかしく思わざるをえない。
(俺は、どうして、紫野の考えていることが常に気になるんだ?)
一瞬混乱しかけた疾風は、その正当な理由を見つけるべく、思いつくままに声に出しはじめていた。
「危なっかしいし、不器用だし、まっすぐ過ぎる。その上単純で、警戒心がなさ過ぎて……」
バチッ! と額を叩きうめく。
(何てこった、やっぱり放っておけないじゃないか)
そしてもっとも適切な、これしかないという理由を、苦笑いしながら付け加えたのだった。
(――俺は兄貴だからな)