第二百四十話 天上の人々(一)
嘉平次が言っていたとおり、森は陰気に満ちていた。
道らしい道も、通っていない。かろうじて、草木に覆われた細い一本道が見えるのみである。
だが三人にとって、そんなことは何でもないことだった。
先頭にたって進む疾風は堂々としていたし、聖羅はずっと機嫌よく歌ったりしゃべり続け、紫野はそれを聞いて相槌を打ったり、ただ笑っていさえすればよかった。
三人はもちろん、枝々に赤い糸を括り付け、印を残しながら進んでいったのである。
「都人はどうやってこの森を行き来しているんだろう」
「どこか違う道でもあるんじゃないのか。少なくとも、ここを通った跡はない」
「もしかして、都人じゃなくて世捨て人が住んでいるんじゃないのか?」
そんな話をしながら、一刻(二時間)は進んだろうか。
突如、左手の奥の方に明るく陽が射す一角が見えた。
うっそうと茂る木々の向こうに、それはまるで光の帯のように現れたのである。
「行ってみよう」
果たしてそこは、木々が切り取られ、幅一丈ほどの路ができていた。
路に出て振り返ると、それはずっと曲がりながら森の奥に続いている。
「疾風の言ったとおり、『違う道』だ」
おそらくその先は、三人が入ってきた森の入り口とは反対側に続いているのだろう。
とにかくそこからは、その路を進むことにした。これで印をつけずとも、間違いなく森を抜け屋敷にたどりつけるに違いない。
上からは春の陽射しが照りつけ、三人はすっかり陽気な気分になっていた。
小半刻後、また道幅が狭まり、しかしその先に森の出口が見えた。
が、その出口のところには木の柵が組んであり、立て札が立てられている。
疾風はそれを声に出して読んだ。
「『この先、入るべからず。宇治大納言 公望殿のご領地也。入りたる者は打ち首に処す』」
「本当に都人だ」
聖羅が感心したように言う。
「で、どうする?」
と、紫野。
「もちろん、行くさ」
聖羅が言った。
紫野は疾風の顔を見る。疾風は大真面目な顔で、
「俺たちは忍びの訓練も受けている。気づかれないように、行くぞ」