第二百三十九話 雪割草(二)
聖羅は目元を赤く染めた。
「俺……あんまり感じないんだ。体は気持ちよくても、頭が感じない。なぜだろう?」
これを聞いて、おしらが憮然としなかったかといえば、嘘になる。
が、そう言った聖羅本人が、まるで打ちひしがれたようにうなだれているのを見て、おしらは幼子を抱くように後ろから聖羅を抱き締めた。
「馬鹿ね。それはあんたが相手に惚れてないからじゃないの」
聖羅はえっと顔を上げ、おしらを見た。
おしらはにっこり微笑むと、聖羅から離れ、自分も火鉢に手をかざす。
「……惚れてない?」
表でカンカンと舞台の手直しをする音がする。
それに混じって、踊り子たちの高い声も聞こえてきた。
「惚れてない? だから感じないのか?」
聖羅はもう一度繰り返すと、本当に幼子のように無垢な表情で、おしらをぽかんと見つめた。
(まったく。そんな顔されちゃ、怒るわけにもいかないじゃない)
落ちてきた髪を後ろにねめつけながら、おしらは苦笑し、だがついに声を立てて笑った。
「このおしらも、落ちたものだねぇ。こんな若い坊やからこけにされるなんてさ」
「ごめん、おしらさん。俺そんなつもりじゃ――」
目元の涙をぬぐいつつ、おしらは言った。
「いいの、いいの。別に怒っちゃいないから。ただ――ああ、可笑しい」
「本当に俺が変なんだ。疾風はおしらさんみたいないい女と寝て感じないなんてありえないって。俺もそう思う。でも、今おしらさんに言われてわかった。俺、惚れてなかったんだ」
そう言う聖羅の顔を、おしらはしっかりと正面から見た。
その時また涙があふれ、慌てて袂で隠す。
「おしらさん? ――ごめん」
「やだね、何を謝るの? 笑いすぎて涙がとまらなくなっただけよ」
――もちろん、私だって惚れていたわけじゃない。
聖羅は立ちあがると素早く着物を着、おしらに言った。
「本当にごめん、おしらさん。俺、また来る」
ナガレボシがいななき、ひづめの音がしたが、おしらは顔を上げられなかった。
踊り子のひとりが何気なく覗き、肩を震わせるおしらを見て少しばかりばつが悪そうにしていたが、
「おしらさん、ほら、これ。川岸で見つけたの。置いておくね」
そう言って去っていった。
四半刻もそうしていただろうか。
(馬鹿だねぇ、私も)
ようやく瞳を上げたおしらの前に、輝くばかりに純白の雪割草が、きらきらと花弁を濡らしていた。