第二百三十八話 雪割草(一)
この冬の間に紫野の背も急激に伸び、やっと疾風や聖羅といても、さほど見劣りがしなくなった。
実際紫野は、ひとり黙々と鍛錬を積んでいたのである。
ひょろひょろとしていた腕にも、薄っぺらだった胸板にも、それなりに筋肉がつきだしていた。
相変わらず雪の前に出ると、すっかり無口になる紫野だったが、それでも少しずつ男としての自信も持ちつつあった。
ハナカゲの背にまたがって力強く駆ける。
空中を飛びあがりつつ、長剣を抜いて枝を切る。
(負けるものか。誰にも)
長剣がざっと雪をかきあげた時、その下に咲いていた雪割草がバッ! と散った。
一方疾風は、最近警邏にも行かなくなった父井蔵のめっきり老けた姿を見、また自身も十七歳ということを思った時、そろそろ先を決めねばならぬと感じていた。
すなわち、近い将来夫婦となる女性を決めるのだ。
三年後には子供が欲しい。
(体が豊かで、丈夫な娘がいい――親父はきっと、喜ぶだろう)
それを思うと、疾風自身楽しい気持ちになり、知らずと頬がゆるんでくる。
疾風は、所帯を持つなら草路村の女にしようと決めていた。
それは井蔵の村への愛着心の強さを、息子である疾風が尊重した結果である。
だからこそ、今まで村の娘には手も触れてこなかったのだ。
ところが、村には年頃の娘が大勢いるにはいるものの、疾風の頭に即座に浮かぶ娘がいない。
「うーむ」
疾風は長髪をかきあげ、土間に目をやった。
と、そこに聖羅が持ってきた雪割草が置いてある。
聖羅は、りんからもらったと言っていた。
「まったく、聖羅のやつ……」
髪に一筋飾り紐を編み込んで、花から花へと飛び回るミツバチのような最近の聖羅を思い浮かべ、疾風は苦笑いした。
その聖羅、今は京のおしらの小屋にいる。
「うう、寒い」
おしらの持ってきた火鉢の側へ、肩から羽織った着物を引き寄せながら寄る。
おしらは手の甲を口元にあて、くくっと笑い、
「若いのに何だい。もう春だよ」
そして聖羅の背中をこすり始めた。
「あのさ、おしらさん」
「んん?」
「俺、病気なのかな」
「エッ、何が?」
おしらのうなじがすっと伸び、聖羅を覗き込む。