第二百三十六話 仲間の顔
嘉平次の村で、聖羅は気に入った娘を見つけたようである。
夕刻、早々とどこかへ消えていった。
「しょうがないやつだな」
藤吉がやや眉を寄せ、疾風が代わりに謝るように言う。
「すまぬ。だが、今夜中に帰って来いとは言ってあるから」
最近では疾風の気持ちもすっかり落ち着き、たとえ警邏の最終日でも女と遊ぶことはやらなくなった。
不思議なことに、以前ほど興味もない。
それよりは気心の知れた仲間といる方が楽しいと感じていた。
実際今も、大仕事をやり終えた充実感を味わいながら、皆で火を囲み夕餉を取りながら何やかやと議論している。
この空気が疾風を心地好くしていた。
火をはさんで向こう側に、自信に満ちた藤吉の顔があり、その両側にやはり気負いのない仲間の顔が並ぶ――皆あかあかとした焚き火を受け、顔面に炎の影を映しながら、笑い合っていた。
隣りでは紫野が艶のある髪を揺らしている。
(俺は幸福だ)
疾風はそう思い、知らず知らず微笑んだ。
翔太の投げ入れた枝にパッと火がつき、小屋全体が一瞬より明るくなる。
その時紫野が振り返り、その瞳の大きさに、疾風は息を飲んだ。
「あたたかい」
紫野はその一言だけ言うと、また顔を戻しじっと火を見つめている。
もう眠くなってきたのかも知れなかった。
「紫野」
疾風はできるだけ静かに声を掛ける。
「もう寝ろよ」
だが紫野は頭を横に振り、
「まだ寝たくない」
と言った。
今日は最後の追い込みで、朝早くから皆頑張ったのだ。
紫野が眠くないはずはない、と疾風は思うのだが、とにかく紫野が子供扱いされるのを嫌っていたのを知っていたから、それきり黙ることにした。
皆はしばらくしゃべり続け、それを聞きながら、両膝の間に顔を埋めて眠ってしまった紫野は、藤吉にそっと抱き上げられ、夜具に寝かされた。