第二百三十四話 新しい警固頭(一)
その冬、嘉平次の村で、自在に馬を乗り回す三人を見た嘉平次その人は満足そうに目を細め、まだ五歳の幼い息子の頭を撫でながら、
「あの馬はこの村自慢の宝だ。慶次、おまえもあんな風に乗りこなすようになれよ。そうさな、やつらに剣術の指南を願うとしようか」
などと、つぶやいていた。
もともとは戦嫌いで平和な村を作った男も、この時代、やはり剣術だけは身につけさせておこうという息子への気遣いはあったようである。
慶次は、小さなちょんまげを結った可愛い頭を縦に振りながら「うん!」と機嫌よく答え、笑みを見せた。
「あのすべすべした顔にも、嘉平次のような濃い髭が生えるんだろうな」
白と栗毛のぶちの若馬を乗りこなしながら、聖羅が言う。
「俺も生やしてみたい。強そうに見えるから」
と、本気の紫野の言葉に、疾風が笑った。
「よせ、全然似合わない」
想像したのか聖羅もぷっと吹き出し、紫野は顔をしかめながらも、結局は自分でも可笑しくなって笑い出した。
草路村の警固衆は、皆、確実に年をとり役目を退いていき、井蔵も体を痛めてからは一度も警邏に出て来れず――今ここに来ているのは霞組の三人と、藤吉、翔太、数馬、風太、そしてあとは老人ともいえる男二人だった。
数馬も風太も、紫野がはじめて出会ってから十年が経ち、それぞれ立派な青年になっている。
藤吉と翔太にいたっては、立派な三十路だ。
井蔵はすでに警固頭の役目を藤吉に譲っていたが、まだまだ他村では「やっぱり井蔵どんでないと……」という冷たい囁きも聞かれることは事実である。
「気にするな、藤吉。おまえは優しすぎるんだ」
翔太は変ななぐさめかたをし、藤吉の肩を軽く叩いた。
ところで嘉平次は、神妙な顔をして藤吉に言った。
「この間村外れの女二人が、野盗の集団に襲われたのだ。幸い命は無事だったが、かなり手ひどい乱暴を受けたらしい」
「野盗の集団が? では今回はその辺りの山を探ってみましょうか。近くに隠れ住んでいるかも知れない」
嘉平次はうーんと唸って腕を組み、
「いや、もう調べたのだ。根城らしきものはなかった。だが」
「だが?」
藤吉は思わず勢いづく。
嘉平次は顔を上げ、言葉を続けた。
「山道に、大勢の人と馬の通った跡があったのだ――警戒する必要があるだろうな」
そう聞いて藤吉ははっきりとうなずき、
「まずは要所に柵を作りましょう。やつらが山から一気になだれ込めないように」
と言った。
嘉平次も同意してうなずき、ふと思い出したように言い添える。
「襲われた女が言うには、その中に片目に刀傷のある大男がいて、おそらくその男が頭だそうだ。何やら尋常の人間ではなかったと言っておる。恐ろしい目だけが頭の中をめぐり、焼き付いておるそうな」
――片目に刀傷のある大男。
その印象が、藤吉の中に強烈に残った。