第二百三十一話 口喧嘩
「結局」
紫野が興味津々の眼差しの疾風と聖羅に、事の顛末を説明する。
そこは疾風の家の裏にある、林の中の清流――その流れの中に突き出た大岩の上に、今三人は座っていた。
「女たちを寺の仏間に集めて、高香もミョウジも一芝居うったんだ。『高香は御仏から人を癒す力を得ている、だから女人と添い遂げることは禁じられている身なのじゃ』って」
流れの中にいる小さな魚の頭を足の先でつつこうと、紫野が水に足を入れた。
が、魚の動きのほうが速い。
「また失神する女が出たんじゃないのか」
それを見ながら疾風がそう言って、聖羅が面白そうに笑った。
すると、清水に浸した足を振り上げながら紫野も笑い、
「出た」
と言ったとたん、疾風も聖羅も大仰に吹き出す。
そうして三人は、岩の上でしばらく息もつげずに笑い合っていた。
木漏れ日がさし明るくなっている辺りにいきなり現れた野ウサギが、一瞬立ち上がってすぐに駆け出していき、目ざとく見つけた聖羅が惜しそうに小鼻をふくらませる。
そして仕方なく、話を繋いだ。
「噂じゃ、つゆのがずいぶん痩せたんだって。あれじゃ子も生めないって、お婆が言ってた」
「女は丈夫じゃなきゃな」
まるで何か思惑があるかのように深く頷きつつ、疾風も同意する。
水の上を行き過ぎた風が肌に心地好く触れ、紫野は目を閉じた。
「でも高香は本当に、ずっとひとりでいいんだろうか」
はっ、と目を開ける。
その聖羅の何気ない一言が、自分の安らかだった心に影を落としたかのように紫野は感じた。
知らぬ間に、つい攻撃的な言葉が口をついて出る。
「今じゃなくてもいいと思ってるだけさ。誰かさんみたいに女の尻を追いかけるなんて、馬鹿みたいだから」
「それは俺のことを言ってるのか?」
さすがに聖羅は気を悪くしたように、むっと低い声で言った。
「おい、待て待て」
慌てて疾風が仲裁する。
「聖羅、怒るな。きっと俺のことだ。な、そうだろ、紫野?」
だが聖羅は、すっくと立つと声を荒げて言った。
「いいや、違う。俺のことを言ったんだ。――紫野、言っとくけど、男ならこれが普通なんだ。おまえみたいに、いつもいつも高香の後をついて回ってる腰ぎんちゃくみたいなヤツの方が変なんだ」
「何だって?」
紫野が青白い顔を向けたのを見て、疾風も慌てざるを得ない。
二人の真中に入り、互いの視線を遮った。
「待てったら。聖羅も言い過ぎだ。紫野はおまえの弟だぞ」
「冗談じゃない。こんなわけのわからない弟なんか、ごめんだね」
「俺だって、ごめんだ。――聖羅なんか、大嫌いだ」