第二百三十話 噂の高香(二)
結局二人は午後になっても、木陰や清流の岩の上などで十分に休みながら薬草を探して回った。
身の軽い紫野は、どんどんと高いところへ上っていっては器用に薬草を刈り取ってくる。
高香には、まことにありがたい助け手であった。
「昨日は、失神した女がいたんだって?」
薬草を手渡しながら、紫野が言う。
「作造に聞いたんだ」
高香はちょっと困った顔をしながら、
「いや、暑さでめまいを起こしただけだ――すぐに気がついたから」
が、紫野がくっくと笑い、
「あれはそういう振りをして、高香に抱きついたんだって作造が言ってた」
と言うと、珍しく高香の顔が朱に染まった。
「勘弁してくれないか、紫野」
さて、別嬪三姉妹の末娘に、つゆのという娘がいた。
つゆのは、上二人の姉が凌辱され、自身も野武士に殺されかけたせいで男に恐怖を感じるようになり、今もって嫁には行かず家を出ていなかった。
表情はしじゅう陰気で、気にもかけぬ体はぶくぶくと太り、さらにすでにとうの立った二十歳。「村一番の器量よし」といわれる時はとっくに過ぎていた。
だがそのつゆのが、あろうことか高香に心を寄せるようになったらしい。
ある夜、提灯を片手に源平太が供の男と寺まで上ってきて、高香に面会を申し入れた。
そうして出てきた高香に両手をついて、「どうか、つゆのを嫁にもらってくれんか」と頼んだのである。
驚いた高香は、その場ではもちろん源平太をなだめて帰したが、噂はあっという間に村中に広がったようであった。
さらに何ということか、その数日後には、女たちが我も我もと押しかけるように妙心寺の門を叩いたではないか。
皆、「自分こそが高香様の嫁に」と主張するのである。
その数は十五人を下らず、また年齢も、下は七歳の少女から上は四十前の年増までと、さすがの和尚も引っ繰り返りそうである。
ここまでになると、かえって現実味が薄れ、紫野は始終お腹を抱えて笑っていた。
「笑い事じゃない」
当の高香は、真面目すぎる性格のせいか、本当に困っている。
紫野は、笑いすぎて涙をためた目を高香に向け、
「誰か一人、俺が選んであげようか」
と、親切ごかして言った。