第二十三話 照柿(二)
三日目のことである。
寺には大勢の村人たちが集まってきた。ほとんどが子供だったが、大人も数人混ざっている。
「さあ、入りなされ。今日もよく学ぶがよろしかろう」
和尚は何日かに一度、村の子供たちに字を教えていたのだった。
皆、床の上に布や木切れを並べ、持ってきた水受けに恵心、作造から墨を入れてもらい、細い木の棒で文字を書く。
疾風ももちろん習う。
紫野はまだ小さいし、聖羅もいきなりこんなに大勢の村人の前には出たがらなかった。
昨日のように庭で石投げに興じる二人の歓声を聞きながら、疾風はそちらへ行きたくて行きたくて、もぞもぞと尻を動かしていた。
「疾風、落ち着かんのう」
顔を上げると和尚がにっこりと見下ろしている。
疾風は赤くなって「すまぬ、ミョウジ」と小声で言った。
和尚は屈みこむと、
「これを覚えるのじゃ。ちゃんと書けたらお前も庭へ行け。ただし、難しいからよく見るのじゃぞ」
と、疾風の持ってきた木片に字を書いて見せた。
疾風の顔がぱっと輝く。
そして小半刻の後、庭へ飛び出していった。
「何じゃ、疾風のやつ。えらい勢いだの」
作造が首をかしげながら見た木片にはぎっしりと、「疾風、紫野、聖羅」の文字が書き込まれてあった。
庭では聖羅が興奮し、疾風の姿を見るなり声を上げた。
「あっ、疾風。紫野がすごいんだ。全部倒してしまった!」
見ると、十本ほど立てた小枝は、もちろん距離はそう離れていなかったが、見事に全部倒れていた。
「それに紫野はすごく高く飛ぶんだぞ。さっき、あの枝に手が届いたんだ」
そう言って聖羅が指差した松の枝は、疾風が飛び上がってやっと届くだろう高さだ。
「はやてにも見せる!」
嬉しそうに紫野は言うと、足を前後に踏ん張って枝を睨み、「やっ」と飛び上がった。
その瞬間、疾風は息を呑んだ。
まるで毬が弾むように紫野の体が中空に浮き、小さな手がぱさりと松の枝を揺らして地面に降りたのだ。
やっぱり昨日見たのはまぐれなんかじゃなかった。
紫野は実に高く、気持ちよさそうに飛ぶ。
気が付くと、長吉を始め何人かの子供たちがじっとこちらを見ていた。
疾風は思わず手を挙げると、大声で告げた。
「俺の仲間だ。よろしくな!」
その時作造が、部屋からひょいと顔を出した。手にした盆の上には、橙色に照る柿がたくさん乗っている。
「ほい、柿を食わんか。美味しい柿じゃぞ、誰が食うかな?」
「食うぞ!」
真っ先に疾風が返事をした。
「俺も食う!」
聖羅も素直に答える。
そして最後に紫野が言った。
「おれも!」
秋晴れの午後、三人と村の子供たちは、作造の持ってきた柿を仲良く頬張った。