第二百二十九話 噂の高香(一)
このところ妙心寺の門前には、朝早くから女性たちが列を作るようになっていた。
村の女ばかりではない。
近隣の村をはじめ、見たことがないような女も辛抱強く列に加わっていた。
彼女たちの狙いは、高香の薬草である……というのは建前で、おおかたの女性の狙いは、高香その人に間違いはないだろう。
美男でやさしく、薬草の知識も豊富となれば、無理もないかも知れぬ。
それにしても、別段どこが悪いでもないのにやってきて、いきなり着物を脱ぎ出す女もいて、騒動が起こりかけるという困った事態も頻発した。
ここで機転を利かせたのは、意外や恵心である。
「私が同室しましょう」
そう言うと、部屋の隅に鎮座した。
丸い大きな顔であばた面をした坊主に陰険そうな細い目でじっと見られると、たいていの女は落ち着きをなくす。
おかげで事は手早く進むようになった。
「ご苦労さんじゃのう」
一段落ついた時、和尚が入ってきて苦笑しつつ高香をねぎらう。
「おまえさまは医者ではないのに……これではあまり長くこの村に留め置くのが、申し訳ない気がするのう」
高香は頭を下げ、
「こちらこそお寺を騒がしくしてしまって心苦しく思います。恵心さんにも要らぬ手間をかけてしまい、ご迷惑お詫びします」
そう言って、恵心にも軽く会釈して見せた。
恵心は仏頂面のまま、言ったことである。
「いえ、お役に立てて何よりです」
廊下で聞いていた作造が、ぷっと吹いた。
(本当は、女の裸でも見れるかと期待していたのじゃろうて)
そういうわけで高香の薬草は見る見るとなくなってしまい、紫野は高香を手伝って、夏の野山で手に入るだけの薬草を集めて回ることにした。
昼間は暑いので、朝早めに起き出してゆく。
「すまぬな、紫野。おまえとて、警邏で疲れているというのに」
「疲れてなんかないさ。それに、薬草を覚えられるいい機会だし」
実際、紫野には高香といられる楽しい時間である。