第二百二十八話 雪の想い(二)
「いいんだ。それより、雪。俺、どうしても聞いておきたいことがあるんだ。――雪、雪は紫野が好きなんだろう?」
聖羅は躊躇せず、いきなり聞いた。
「えっ、ど……どうして?」
案の定、雪は戸惑ったように声を上げる。
そして、仕方なく石蹴りを続けている太平と与助に視線を転じながら、それでも手だけは水の中の赤米をとごうと、うろうろと泳がせた。
「なんでそんなこと、聞くの?」
雪が怒ったのかと思い、聖羅は赤くなりながら慌てて謝り、さらに言葉を継いだ。
「すまぬ、いきなりこんなことを聞いて……。でも俺、雪の気持ちが知りたいんだ、知っておきたい」
無言で米をとぐと、雪はふたたび濁ったとぎ汁を捨てる。
聖羅ばかりでなく、雪も赤い顔をしていたが、それは怒っているからではなく、本当に困っていたからであった。
雪は聖羅の自分に対する思いに気づいていた。
けれど、紫野のことがずっとずっと好きだという自分の気持ちに嘘はつけない。
「……好き」
小さく、そう言った。
クヌギの葉が風にそよぎ、地面に映った葉影がゆらゆらと揺れる。
二人とも、とぎ汁がしみこんで黒々とした足元を、しばらくじっと見つめていた。
「俺は、それでいい」
はっと、雪が顔を上げる。
聖羅は、何とも言えない表情をして、だが明るい微笑を見せた。
「紫野が好きなら、それでいいんだ。俺、すっきりしたかっただけだから――けど、けどさ、あいつが雪のこと、大事にしなかったら、俺は許さない」
雪はついにうつむかざるを得なかった。
春の日、紫野が言った「俺は女に興味がない」という言葉を、雪は今また思い出してしまったのである。
ところが、そんな雪の気持ちを知ってか知らずか、聖羅がその後に言ったことは、偶然であれ雪を励ますものとなった。
「あいつはまだ自覚してないかもしれないけど、あいつも雪のことが絶対に、好きだ。今は高香と一緒にいる方が気持ちが楽なんだろうと思う――雪、待てるか? 紫野が雪のことをちゃんと見られる日まで」
聖羅の真心が雪の心に沁み、雪は目に涙を浮かべてうなずいた。
(ありがとう、聖羅。あたし、待てるわ、きっと)
聖羅もうなずいた。
雪の心の声を、聖羅はちゃんと聞いたのだった。