第二百二十七話 雪の想い(一)
雪は手桶の水で赤米をといていた。
横で近所の太平と与助が、四つになった綾ねと遊んでやっている。
照りつける陽射しを、よく伸びたクヌギの木がさえぎり、彼らの上に涼しい陰を作っている夏の午後――
綾ねの高い声が、ひときわ大きく響いてきた。
綾ねは、なかなか気が強く物をはっきりと言い、姉と違ってどこかのお姫様のように毅然と振舞ったり、いつも中心にいないと気が済まないような性格に育ったらしい。
今も太平と与助をしたがえて、機嫌よく笑っている。
が、実際愛嬌があり、猫なで声もお得意なために、お守りをする男の子たちもまんざらではない様子であった。
聖羅が姿を見せると、太平と与助は同時に振り向き興奮気味に、「やあ」と挨拶をし(二人にとってはあこがれの『霞組』の聖羅だ)、綾ねは一人前の女のように斜交いの視線を投げかけた。
当の聖羅は、適当に挨拶を返すとまっすぐに雪の側へ行き、その前に屈み込む。
そして言った。
「手伝うよ」
雪はいつものように柔らかな笑みを浮かべて聖羅を見、「ありがとう」と言うと、土鍋の中の赤米を押さえつつ伽汁を流した。
聖羅が手桶の水を注ぎ入れる。
そして雪がまた米をとこうと水の中に手を入れた時――聖羅はその手を優しく押さえ、雪の瞳をじっとのぞき込んだ。
「雪、話があるんだ」
雪が、聖羅の真剣な眼差しにはっとした時、
「せいら兄ちゃん」
男の子みたいな綾ねの声がした。
綾ねは、ぴょんと聖羅の横に来ると腕を引っ張り、
「おさかなとりにいこ?」
と言う。
短く切った髪が耳の横ではねて、りんごのようなほっぺは鼻水ですったように汚れている。
綾ねは聖羅の腕を引っ張りながら、照れたように、うふふ、と笑った。
だが聖羅は、綾ねの小さな手をほどくと、その手のひらをぎゅっと握り締め、
「綾ね、ごめん。今は雪と話がしたいんだ。あとで行こう――な?」
と謝るように言う。
とたんに綾ねは、ぷっ! と頬をふくらませ、「じゃあ、いいもん!」と言って家の中に走り入ってしまった。
太平と与助は、綾ねの癇癪声を聞いておろおろしている。
「綾ね!」
雪もすまなそうに聖羅を見た。
「ごめんね、聖羅。あの子ったら……」
いつも拙作をお読みいただきましてありがとうございます。
勝手ながら、「第二十四話 円嶽寺の怪僧(一)」から「第百一話 雪の香」までを、しばらくの間削除させていただきます。(作品そのものは削除いたしません)
期間は、11月中頃から来年の2月頃までの予定です。
もうしわけございませんが、よろしくお願いいたします。