第二百二十五話 思いゆえに(一)
疾風は、絶対に聖羅がおかしいと言った。
あのおしらと体を合わせて満足しないとは。
だが聖羅は相変わらずさばさばと言うだけである。
「いいんだ。俺にとって、そんなことは重要じゃない。とにかく俺も男になった。それだけなのさ」
降るように蝉の鳴く日差しの中、小滝で水浴びをしながら、紫野は聖羅の体がいつの間にか男らしくなってきているのを感じざるを得なかった。
疾風ほどではないが、腕にも胸にも腹にも程よく筋肉がのり、もう丸みのある子供の体ではなくなっている。
さらに背が驚くほど、伸びた。
たぶん、疾風と同じぐらいだ。
顔が細い分、まだまだ伸びそうな気がする。
紫野はそう思いながら、自分の白い、薄べったい胸を見た。
(俺も雪を抱いたら、もっと男らしくなれるのかな?)
水の中で、これまた細い脚が、驚くほど白く頼りなげに揺れて見える。
その時、疾風が自分をじっと見ているのに気づき、紫野は自分の考えを見透かされたような思いで顔を赤くすると、滝に向って泳ぎだした。
疾風は紫野が、自分の視線をさけるように、突然向こうへ泳ぎ出したのを見て、(悪かったな)と思い頭をかいた。
疾風には、紫野の戸惑いがよくわかるのだ。
自分だけが取り残されたような、不安――。
疾風は昨今の自分を振り返り、自身にも余裕がない間に、もう同じ位置まできてしまった聖羅を思って、
(これからはもっと注意して、紫野を見ていてやらねば)
と決心した。
紫野は素裸で岩の上に上がり、体を拭くのもそこそこに着物を身に着け始めている。
「あいつ、下帯はつけないんだ。鬱陶しいんだって」
いつの間にか聖羅が側に来て、疾風の横に腰を下ろしている。
そして大きなあくびをした。
「師匠の練習が厳しいんだ。ここのところずっと、夜明け前だぜ、夜明け前」
師匠というのは平蔵のことだ。平蔵は鞭遣いの名人である。
夏前からずっと、聖羅はもとの家――すなわち平蔵の家に寝泊りして修行しているのだ。
「師匠はほんと凄い。土蜘蛛っていう呼び名も、蜘蛛が糸を自在に操るみたいに鞭を遣うからなんだ。でもさ、俺の筋がいいってほめてくれるんだ」
そう言う聖羅は、嬉しそうだ。