第二百二十一話 思春期(一)
年末の風邪が全快してから、聖羅にはひとつの思いがあった。
――またあのような頭の中がとろける思いをしてみたい。
あの時、相手が疾風であったということは極力無視しようとし、聖羅は手当たり次第に娘たちと口を合わせていった。
その最初の娘は鍋親父の娘りんであったが、彼女とはそういうかぐわしい思いをするどころか、前歯と前歯があたってしまい、ちょっと痛い結果となった。
五平の娘ちずとも、たえ坊ともした。
さらに、かなとさなの姉妹とも。
だがどの娘と口付けても、あの時のようなとろける甘美さは得られない。
(なぜだろう?)
本当は雪としてみたかった。雪となら、きっとあの感じを味わえるだろう……。
(だけど雪は、紫野が好きなんだ)
男の沽券というより、雪を困らせるつもりは聖羅には毛頭なく、また雪が紫野を選ぶのならそれでいいと決めている聖羅であった。
紫野はきっと、他の娘には見向きすることもなく雪と一緒になるだろう。
不器用だけど、きっと雪を幸せにする――
ついにナガレボシに乗って遠くの村まで出向く聖羅を、疾風も紫野も雪も、首をかしげて見ていた。
一方紫野は、だが彼自身がどの娘よりも美しく輝くばかりである。
もともと透き通るような白肌はいきいきと艶めき、やや面長になった顔立ちが、大人とも子供ともつかぬ雰囲気をかもし出していた。
瞳は相変わらずぱっちりと大きく、長い睫毛が美々しさを際立たせている。
唇はふっくらと赤く、おとがいの形よさといえば、絵師でもこうは完璧には描けまいと思わせるほどであった。
「紫野には剣よりも綺麗な着物が似合うんじゃないか」
男たちはそう言って笑い、
「紫野がもし女だったら、どこかのお屋形様に見初められ、立派な御殿にも住めたでしょうよ」
女たちは、つい皮肉を言う。
「女のように美しい」といった誉め言葉を紫野は好まなかったが、それでもしっとりと濡れたように背中を覆う黒髪を自慢にしているのがつじつまの合わぬところであった。
「紫野は行かないの?」
ナガレボシに乗った聖羅を見送りながら、雪がためらうように尋ね、紫野は即座に「行かない」と答える。
「俺は女に興味はないんだ」
この答えに雪がどんなに悲しい思いをしたか、紫野には想像もできなかった。
が紫野は、すべ知らぬゆえに、自分自身をも誤魔化したのである。
実際を言えば、雪の笑顔は紫野の心を虜にしていたし、雪の小さな手に触れることは顔から火が出るほど恥ずかしかった。
そう、もう去年の春とは違うのだった。