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第二百十九話 土蜘蛛

 またひとつ年が明けた。

 冬の間に積もった雪が溶け出して土と交じり合い、白く純潔だった姿がおかされ泥土と化す頃、一人の男が峠を超えて草路村にやってきた。

 男はせむしで、その曲がった背に大きな袋と、一目で剣とわかる長い袋を背負っている。

 年のころは四十すぎ、顔にはいくつかの刀傷があり、太い眉の下の目は異常に大きかった。

 鼻は短く、下唇が突き出ているその顔は、ガマガエルそっくりである。

 男はぬかるむ山道を、ぐじゅぐじゅと音を立てて進み、まっすぐに井蔵の家へ向かっていくと、こぶしを振り上げてとびらを叩いた。


「誰だ」

 この家を気安く訪ねてくる者で、わざわざ戸を叩く者はいない。

 聖羅も、紫野も、藤吉も、皆遠慮なく開けるのだ。

 だがその叩き方に別段敵意はないと感じ取った疾風は、まだ胴回りに何本も添え木をしているために自由に動けない井蔵と目を合わせると、ためらいもなく戸を開けた。

 疾風が戸を開けるやいなや、目の前の男は深く一礼し、懐から一通の書状を取り出した。

 疾風がいぶかりながらもそれを受け取って井蔵に渡すと、井蔵もその見かけない男に視線をやりながらその書状を開く。そして納得したように顔を上げた。

「おお、兼じいの……。よう来られた、ささ、お上がりくだされ」

 すぐさま書状を見て、疾風は、この奇妙な男が兼じいの作った剣を届けにきたのだと知り、かつ今後、草路村の刀鍛冶としてとどまるよう言い渡されていることも知った。

 男の名は、土蜘蛛という。


「これが、えものでござる」

 そう言って袋から取り出した剣を、土蜘蛛は二人の目の前に並べて見せた。

 形の違う見事な剣が三振り、さらにしなやかな革の鞭までそろえてある。

 疾風は思わず息を呑んだ。

 井蔵はそのうちの一番大振りな鞘に収まった剣を手に取ると、すらりと抜いて見せ、

「ほお、こりゃいい。さすが兼じい……ほれ、疾風。おめぇのだ」

 疾風は、「えっ」という顔をし、

「だって俺は、去年もらったじゃないか」

 と戸惑いを隠せない。

 井蔵は快活に笑い、

「あれは子供のだ。疾風、おめぇはどんどん力が強くなってる。だから兼じいにもっと重い剣を頼んだんだ――持ってみろ、このずしりとした剣――唸らせやがる」

 恍惚の表情である。

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