表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
218/360

第二百十八話 冬の警邏(七)

 夜半、紫野は激しい息遣いの音で目を覚ました。

 眠い目をこすりながら聖羅の方を見ると、疾風が聖羅の上に屈みこんでいる。

 紫野は飛び起きた。

 その気配を察し、疾風が言う。

「紫野、薬を取ってくれ。早く――聖羅、おい、しっかりしろ」

 紫野は水薬を器にうつしながら、今度ははっきりとした目で聖羅を見やった。

 荒い息、首すじが汗で濡れているのが灯台の光でわかる。

「頭を支えててくれ。薬を飲ませるから」

 だが水薬は聖羅の喉には入らず、唇の端を伝ってこぼれた。

 すると疾風は、小さく舌打ちし器の水薬をくいっと自分で飲んだではないか。

 ――かに紫野には見えたが、実際には疾風はそれを口に含んだだけだった。

 聖羅の顎が上がるように両手で顔を支えると、その口に自分の口をつけ、ゆっくりと薬をうつしていく。

「聖羅、しっかりしろ。死ぬな」

 二度、三度、疾風がそれを繰り返し、そのたびに聖羅の喉が小さく動く。

 そして四度目に、聖羅の意識が戻ったようだった。

「……はや……て」

 ちょうど最後の水薬を口に含んだあとだった疾風は、出すわけにもいかず、人差し指を一本立てた。

 (もう一口、いくぞ)

 そうして有無を言わさず、聖羅に口づけた。



 聖羅は夢うつつに、疾風と紫野の心配そうな顔をちゃんと見ていた。

 自分を呼ぶ声も、遠い木霊のようにぼんやりと聞いていた。

 そして正体不明の何かが自分の唇を覆った時、体中がほころび、かつえもいわれぬ安心感が広がっていくのを感じたのである。

 頭ごと、とろけてしまいそうな奇妙な感覚――


 目の焦点が合って、聖羅は驚いた。

「……はや……て」

 すると疾風が人差し指を立て、自分の戸惑いなど無視するかのように唐突に、またも口を合わせてきたのだ。

 疾風の唇に微妙な力が入り、聖羅はびくりと反応する。

 それから徐々に熱い液体が流れ出てきて、聖羅はそれをほとんど陶酔のうちに飲みこんでいった。


 疾風の大きなやさしさは、幻の像のように、やはり疾風の姿で聖羅の前に笑みつつ手を広げて立っていた。

 自分を、まぎれもない愛情で包んでくれる手を広げて。

 暖かで、心地好く――ずっと抱かれていたいと思わせる手を広げて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ