第二百十八話 冬の警邏(七)
夜半、紫野は激しい息遣いの音で目を覚ました。
眠い目をこすりながら聖羅の方を見ると、疾風が聖羅の上に屈みこんでいる。
紫野は飛び起きた。
その気配を察し、疾風が言う。
「紫野、薬を取ってくれ。早く――聖羅、おい、しっかりしろ」
紫野は水薬を器にうつしながら、今度ははっきりとした目で聖羅を見やった。
荒い息、首すじが汗で濡れているのが灯台の光でわかる。
「頭を支えててくれ。薬を飲ませるから」
だが水薬は聖羅の喉には入らず、唇の端を伝ってこぼれた。
すると疾風は、小さく舌打ちし器の水薬をくいっと自分で飲んだではないか。
――かに紫野には見えたが、実際には疾風はそれを口に含んだだけだった。
聖羅の顎が上がるように両手で顔を支えると、その口に自分の口をつけ、ゆっくりと薬をうつしていく。
「聖羅、しっかりしろ。死ぬな」
二度、三度、疾風がそれを繰り返し、そのたびに聖羅の喉が小さく動く。
そして四度目に、聖羅の意識が戻ったようだった。
「……はや……て」
ちょうど最後の水薬を口に含んだあとだった疾風は、出すわけにもいかず、人差し指を一本立てた。
(もう一口、いくぞ)
そうして有無を言わさず、聖羅に口づけた。
聖羅は夢うつつに、疾風と紫野の心配そうな顔をちゃんと見ていた。
自分を呼ぶ声も、遠い木霊のようにぼんやりと聞いていた。
そして正体不明の何かが自分の唇を覆った時、体中がほころび、かつえもいわれぬ安心感が広がっていくのを感じたのである。
頭ごと、とろけてしまいそうな奇妙な感覚――
目の焦点が合って、聖羅は驚いた。
「……はや……て」
すると疾風が人差し指を立て、自分の戸惑いなど無視するかのように唐突に、またも口を合わせてきたのだ。
疾風の唇に微妙な力が入り、聖羅はびくりと反応する。
それから徐々に熱い液体が流れ出てきて、聖羅はそれをほとんど陶酔のうちに飲みこんでいった。
疾風の大きなやさしさは、幻の像のように、やはり疾風の姿で聖羅の前に笑みつつ手を広げて立っていた。
自分を、まぎれもない愛情で包んでくれる手を広げて。
暖かで、心地好く――ずっと抱かれていたいと思わせる手を広げて。