第二百十七話 冬の警邏(六)
「聖羅、どこ行っちゃったのかなぁ。ねぇ疾風」
その時紫野の声が廊下からした。きっと疾風と親父さんを見に来たのだ。
「――紫野っ! 疾風っ!」
一瞬で体の呪縛が解けたように聖羅は大声を上げ、這うように蒲団から抜け出し懸命に廊下の方へ手を伸ばす。
と、障子戸がさっと開けられ、そこに疾風が仁王立ちに立っていた。
「あれっ、聖羅?!」
最初にそう言ったのは、紫野である。
疾風は絶句し、聖羅のもがいている様とそこから抜け出てきたのであろう乱れた夜具と、それから佐吉を見比べ、状況を測りかねている様子だ。
佐吉が先手を打った。
「やあ、疾風。申し訳ない、芸人たちが面白がってこの子に酒を飲ませてしまってね。だがもう大丈夫だから、連れて帰っておくれ」
そう言われ、二人は聖羅に駆け寄ると体を起こすのを手伝う。
「立てるか?」
「……目が回る」
聖羅はまったく立てないようだった。
ばかりか、仕方なく抱き上げようとした疾風は、その異常に熱い体にぎょっとなる。
二人の出現に安心したのか、聖羅の意識はすでに完全に混濁しているようだった。
疾風は佐吉に逼迫したひとみを向けた――。
「大丈夫かなぁ、聖羅」
「……ああ」
結局、聖羅はまた同じ夜具に戻され、今夜は疾風と紫野も付き添うことになったのだった。
最前、佐吉が呼んでくれた医者が聖羅の容態をみていったが、あまりかんばしくないらしく、
「肺炎になる一歩手前じゃ。今夜はできるだけ暖かくして寝かせるように。薬を忘れるな」
と、重々しく念を押していった。
紫野は聖羅の額に乗せた手巾を取替えながら、その熱さに不安が募るのを抑えられない。
「聖羅、聖羅。苦しいのか、寒いのか」
紫野の懸命の問いかけにも反応せず、ただうなされるように苦しげな声を漏らす様子は、痛々しいというほかはない。
二人には、聖羅が眠っているのではなく意識を失っているのだとわかっていた。
半眼になった瞳が、落ち着きなく動いているのが見える。
疾風は強く、聖羅の手を握った。