第二百十五話 冬の警邏(四)
「小笹、この匂い……」
「ああ、これはな、南蛮渡来の香だ。ちょいと頭の芯がしびれるだろ。京や西国じゃ大流行りの香らしい。手に入れるのは至難の技なんだが、さすが佐吉の旦那」
いつの間にか、小笹のとろりとした顔が聖羅の顔のすぐ側にあり、小笹はその酒臭い息で思いきりため息をついた。
「おめぇは若くっていいな。年が明けたら、俺はもう二十三……いつまで佐吉さんに可愛がってもらえるか、わからねぇ」
酒と香に酔った聖羅にも、完全に思考力はない。
「小笹、佐吉さんとあんなことをして、嬉しいのか?」
唐突に聞いた。
すると小笹は目元を潤ませ、ぼりぼりと二の腕をかき、
「嬉しいか、だって? そりゃ嬉しいさ。旦那に見放されりゃ、おまんまも食えねぇからな」
そしてまたため息をつく。
「ああ……本当は俺だって、男とやりたいわけじゃないんだぜ。けど、これが芸人のさだめなのさ」
「じゃ、芸人なんかやめたらいいじゃないか。剣を習えよ」
小笹はぶるっと身震いすると、頭を強く横に振った。鼻にしわが幾筋も寄っている。
「嫌だね。俺は刀なんか触りたくない。いくさなんか、大嫌いだ。血を流して痛い思いをするなんて、馬鹿みたいだぜ」
それからいきなりすっくと立つと、大声でどなり始めたのである。
「聞けよ、小僧。俺はこれでも武士の出なんだ。本当の名は笹乃進、小峰笹乃進っていうご大層な名前を持ってんだ、畜生! ……ああ、俺は弱虫だよ」
両手で顔を覆い、めそめそと泣き出した小笹を、聖羅は唖然として見ていた。
痩せた女が「よしよし」と言いつつ小笹の頭を両手で包み、母親が赤子に乳をやるしぐさで小笹の口に自分の乳房をあてがう――そのまま二人はもつれるように床に倒れ、盲目の女と子供男の脇で同じ事をやりだしていた。
「おいで」
太った女の厚い両手が聖羅の腕をつかみ、聖羅ははっとした。
「さあ、おいで。……あんた、初めてだろ?」
女は喉を震わせて笑った。
おそらく聖羅は声を上げただろう。
だが体の上に女の重さを感じてすぐ、ぐるぐると激しく回る部屋の中で、女の手と唇の感触を体の一部に感じながら、白煙に包まれつつ意識を失った。