第二百十三話 冬の警邏(二)
「ちゃんと寝てるんだぞ」
そう言う疾風の顔が頭の中に浮かんでいる。
疾風に顔をつかまれた時、聖羅はなぜか動揺し、自分の顔がさらに熱くなることに大げさでなく、恥辱を覚えた。
胸の鼓動までもが一気に速まり、勢い疾風の手を払いのけたい気分になった。
(子供扱いしやがって)
聖羅は寝転がったまま、特に何もない薄汚れた狭い小屋を見渡した。
うんと火の近くにいないと、板間どうしの隙間から雪が吹き込んでくる。
昼間は雪もやんでいるが、夜になるとしんしんと降り始め、うっかりしていると寝ている間に体の上に雪山ができかねない。
ひとりになって聖羅は、だがじっとしている気になれず体を起こすと、井蔵を見舞いに権兵衛じいの屋敷に出向くことにした。
着物を一枚余分に着こみ、鼻水をすすりながら歩いていった。
昨日からずっと鼻をこすっていたせいで、すでに鼻の下が真っ赤である。
よく晴れた日だったが、さすがに山から吹く風は肌を刺すように冷たかった。
屋敷に到着すると、おさきが迎えてくれ、井蔵のところへすぐに案内してくれた。
井蔵は照れたような笑顔を聖羅に向けていたが、本当は話すのも辛いぐらい、相当な痛みをこらえているに違いない。
聖羅はそのことに気づくと、「風邪をうつすといけないから」と言って即座に部屋を出たのだった。
すると廊下に出たとたん、声をかけてきた者がある。
それは忘れもしない、あの色芸人――小笹だった。
白地に緑青色の笹の葉を散らした着流しを着てふらふらとこちらへ歩いてくる。
「よぉ、おちびさん。また会ったな」
昼間から酒でも飲んでいるのか、足取りがおぼつかない。にやりと笑うと、
「俺の部屋へ来ないか? 今日は仲間も大勢来てるんだ」
と聖羅を誘った。
そして屈むと、聖羅の耳に口を近づけ、息の音だけでささやいた。
「おまえ、見たろ? この間の俺と佐吉さんの濡れ事をさ……」
聖羅はびくりとし、それだけで完全に小笹の魔術にかかってしまったかのようにこの男の差し出す手をためらいもなく握ると、まるで夢遊病者のようになって導かれるまま廊下を歩き出していた。