第二百十二話 冬の警邏(一)
警邏で行ったある村で、偶然侍たちの乱獲りに遭い、霞組はおおいに活躍をした。
また別の村でも山賊の被害を最小限にとどめることに貢献著しく、井蔵は霞組の成長に鼻を高くすると同時に、気が抜けるような安堵を感じていた。
そんな少しの油断が井蔵に一大事をもたらしたのかも知れぬ。警邏の移動中、井蔵は雪道を足を滑らせ、崖下に叩きつけられた。
幸い降り積もった雪が衝撃を小さくし命に別状はなかったが、腰の骨を折る重傷を負ってしまったのである。
井蔵は警邏先の細魚村で絶対安静となった。
井蔵の抜けた穴は大きく、疾風は今更ながら父の存在の大きさに気づく形となった。
だが考えても詮ないことである。
とにかく年長者の指示に従いつつ、自身も精力的に動き出した。
特に、権兵衛はじめその屋敷の者たちには、井蔵のことで面倒をかけている――そのことも、疾風にとってはいつもより力が入る理由となった。
「すまねぇな、疾風。おめぇもあまり無理するな」
「大丈夫さ。それより親父、休める時にはゆっくり休めよ。権兵衛じいも、そう言ってたぞ」
疾風は明るく笑うと、先ほどおさきが持ってきてくれた夕餉を井蔵の口に運び出した。
今、権兵衛の屋敷の一室で布団を被り横になる井蔵は、いつもより少し年がいって見える。
年が明ければ、自分は十六。
(これからは、もっとしっかりしなければ)
改めてそう思う疾風であった。
ところが二日目には、さらに好ましくない事態が起こった。
寒さの中の警邏活動で、聖羅の風邪が悪化したのである。
「聖羅、今日は一日寝てろよ。顔が赤い」
紫野なりに心配して言ったつもりであったが、聖羅は突っぱねた。
「とんでもない。こんなの、何ともないさ」
だが紫野のその言葉を聞いて、聖羅の顔をのぞき込んだ疾風が、
「本当だ、顔が赤い……熱があるんじゃないか?」
そうして、遠慮会釈なく聖羅の両頬を包むようにつかむ。
紫野は、疾風に顔をつかまれた聖羅がじたばたしているのを「?」と思いながら見ていたが、やがて気が萎えたように脱力した聖羅からは、耳をつかまれた子ウサギを連想したことである。
「聖羅。今日は小屋で休んでろ。いいな」
「大丈夫だ、一緒に行くよ……」
頑固な聖羅に、疾風はもう一度言った。
「休んでろ」
結局疾風は、なかば強引に聖羅を休ませると、紫野をともない他の男たちとともに警邏小屋を出て行った。