第二百十一話 まどろみ
朝目を覚まして紫野は、聖羅が真横で寝ているのに驚いた。
いつの間に紫野の夜具にもぐり込んで来たのだろう?
昨夜寝る前に、「二人の真中で寝かせてくれ」と両手を合わすからそうしたのに、それでも怖くなったと見える。
紫野が聖羅を揺すると、聖羅はぼんやりと目を覚まし、半分寝ぼけ眼で紫野の顔を見上げ、ばつが悪そうに微笑んで見せた。
(まったくもう。聖羅がこんなに怖がりだとは知らなかった)
紫野はあきれたが、決して嫌な気がしたわけではない。またごろりと聖羅の横に寝転ぶと、肩に布団を掛けなおしてやった。
それから昨夜見た夢を思い出し、漠然と考える。
(変な夢を見ちゃったな。峠であんな怖い思いをしたからだ、きっと)
浮かんでくるのは稲光のする空を背景に、火を囲む鬼たちの姿。
だが鬼たちがしゃべっていた内容までは、思い出せなかった。
「おい、聖羅」
紫野は聖羅を突ついた。
「怖い夢とか、見なかったか?」
聖羅はもう起きている。紫野はそれに気づいていた。
聖羅は、ううんと唸り、
「見ない……でもなかなか眠れなかったんだ。目を瞑ると、あれが――」
そしてついにばっと目を開けた。
「紫野、おまえのせいだ。また思い出しちゃったじゃないか」
二人がごちゃごちゃとやりとりをしているうち疾風も目を覚まし、「おはよう、紫野、聖羅。よく眠れたか」と声をかけてきた。
「鬼の夢を見た」
咄嗟に紫野が声を上げる。
「鬼?」
疾風と聖羅が同時に聞いた。
が、結局紫野は、自分でそれを打ち切るように首を横に振った。
「何でもない。よく覚えてないし……特に怖い夢じゃなかったんだ」
それから三人はまた横になると秋の朝をしばしまどろんでいたが、疾風は昨夜、強い花の香りに起こされたことを言わなかった。
紫野の部屋にはもちろん、庭にも匂うような花などない。
ふと、(まさか紫野?) そう思った疾風の目の先に、瞳を閉じた花より端正な紫野の横顔が横たわっていた。