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第二十一話 萩の花

 聖羅を今すぐ他の仲間に引き合わせるのはまだ早いと思った疾風は、次の日も会いに来ると約束をして紫野と一緒に家へと向かった。

 二人とも、心が温かく、随分とはずんでいる。

 道々意味のない歌を歌いながら林の道を戻っていった。


 疾風の家は村の中心からは少しはずれたところにあり、背後には小山、そしてこの季節には、赤紫色の萩の花が咲き乱れ家屋を取り囲んでいるのである。

 萩は、疾風の母きぬが好きだった花だ。



 疾風と紫野が戻った時、家の前には数人の少年たちが集っていた。だがどうやら皆剣の稽古を始めているではないらしい。

 長吉と次郎吉は屈んで地面に何やら描いているし、他は熱心に話し込んでいる。

「おおい、父ちゃんは?」

 疾風が声を掛けると話をしていた三人が気付き、駆け寄ってきた。三人とも、昨夜紫野に挨拶をした疾風の仲間であった。

 数馬(かずま)という十歳の少年が、眉をひそめ疾風に告げる。

「疾風、親父(おやじ)さんは田吉さんと出掛けたぞ。昨晩芸人一座の子供が殺されたんだって」

「えっ、芸人一座の子供が?」

「ああ。何でも()ったのは、気味の悪い、熊のようにでかい坊主だったらしい」


「……あいつか!」


 瞬時に甦った昨夜の記憶に疾風の顔が火照る。

 紫野に手を出そうとした、あの僧侶。

 もしかしたら、殺されていたのは紫野だったかも知れないのだ。


「親父さんにも心当たりがありそうだった。やっぱり『あいつか!』と言ったよ」

 そう言ったのは八歳の伊吹(いぶき)だ。

「村の警固衆と見回るんだとさ。翔太兄(しょうたあに)いと藤吉兄(とうきちあに)いを連れてった」

 と、同じく八歳になる風太(ふうた)

 数馬が言った。

「親父さんは、皆家へ戻って今日は外へ出るなと言っていた。俺はこれから皆を家まで送ってゆく。疾風、お前も誰か大人のいるところへ行った方がいい」

 疾風は頷くと、答えた。

「わかった。じゃあ俺はミョウジのところへ行く。父ちゃんに会ったら、寺にいると伝えてくれ」



 柔らかい秋の日差しが注いでいる。

 寺で紫野と最初の日のように手鞠で遊びながら、疾風は不思議な気がしていた。


 今、自分がこんなに安堵しているのはなぜだろう。

 自分が紫野を守れたことに、こんなに喜びを感じるのはなぜだろう。

 嬉しそうに声を上げる紫野を失わなくてよかった。


 そうしてふっと、部屋の奥に目を移した。


 そこでは和尚がいつものように茶を飲みながら、穏やかに話している。

 その横で背筋を伸ばし、頬を紅潮させているのは聖羅だ。

 目の前には小さな花器に生けられた萩の花が置いてある。


『俺はこの二人に出会えて嬉しい』


 紫野の無邪気に投げる手鞠を受け取りながら、疾風ははっきりとそう心の中でつぶやいた。

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