第二百九話 鬼の酒宴(一)
その夜のことである。
疾風と聖羅を左側にして寝ていた紫野は、まこと面妖な夢を見ていた。
それは、はっきりと、まるで目の前のことのように繰り広げられた……。
暗い夜空に絶え間なく稲光が閃き、時折耳をつんざく轟音があたりを震わせている。
そこはどこかの岩山に囲まれた山中――大小さまざまな鬼たちが焚き火を囲み、酒宴を開いているのだった。
雷光が銀色に光るたび、鬼の凄まじい形相が強く浮き彫りになる。
どの鬼も一様に全身の毛が濃く、目の光はらんらんと、耳元まで裂けた口からは牙がのぞいている。
鬼は雷を自在に操りながら、酒を飲み人肉を食らっていた。
「やはり若い女が一番うまいのう。赤子は新鮮だが食べでがない」
「食べでがないからこそ、うまいのじゃ。わしは赤子や幼子が一番よいわ」
「そうかね。わしは年増女の肉の柔らかさがちょうどよいがな」
「わしは何と言っても美童じゃの――あの血の甘さといったら、こたえられん」
「きさまら、坊主の肉のうまさを知らぬか。あれは独特の歯ごたえがあるぞ」
恐ろしい光景である。
この物騒な鬼の語らいが、紫野には頭に直接響くように伝わり、理解できた。
唐突に、頬に大きなホクロのある青黒い肌の鬼が言った。
「それにしても、あの噂を聞いたか」
「何だ?」
「ミケイリノミコトが人間の女に生ませた子供の噂だ。なんでもあやつ、その子供にわしらと同じ能力を与えたというぞ」
「この怪力をか」
「いや、そうではない」
「人肉を食らい、八百年生きることか」
「それでもない」
「では何だというのだ」
稲光走る中空を背にした五匹の鬼――
その足元を、まるで地獄の底に渦巻くように白い霧が漂い始めていた。
「天地を操る妖力を、よ」
鋭く尖った指の爪を立てながら、その青鬼がひっそりと言った。
雷鳴がとどろいた。
「天の気をつかんで雷を呼び、大地を揺るがせて陽炎を巻き上げる鬼の妖力を、あやつめその子供に与えやがった。しかもそれは、我ら鬼を討つためのものだという」