第二百五話 峠の女(一)
じつは三人とも、峠に来たのは数えるばかりである。
なぜならこの峠には、女の幽霊が出るという噂が絶えなかったからである。
それは子を抱いた血まみれの女だという話もあれば、山賊に襲われて自害した女だとも、はたまた髪振り乱した老婆だともいわれている。
とにかく、女だ。
恨みを抱いた女。
聖羅は早々に、自分が言い出したことを後悔している様子であった。
峠が近づくにつれ、口数が減り、顔の表情がこわばってきたのが一目瞭然である。
紫野は、皆で寺に泊まった夜、高香の幽霊話に一番怯えていたのが他ならぬ聖羅であったことを思い出し、ちょっと可笑しいような気分になった。
ハナカゲの背で、ちらりと聖羅をうかがいながらくすくす笑う。聖羅がきっ、と見ると、すばやくハナカゲの背に身を倒し顔を伏せた。
一方疾風は、後ろで二人がそんな風にしているのも知らず、黙々と馬を進めていた。
何を隠そう、彼には別の心配があったのだ。
(この峠の向こうは、笹無村だ――紫野は辛く思わないだろうか? もしこの村から連れてこられたんだと思ったら辛いばかりか、思わず村中を捜してしまいそうだ――自分の母親を。俺なら、きっとそうするだろう)
だが幸い、疾風の心配は杞憂に終わった。
紫野は笹無村で生まれたことを覚えていないか、あるいはこの峠の向こうが笹無村だとは知らぬか、そのどちらかであったかも知れぬ。
峠にいる間、村のことはこれっぽっちも言及しなかった。
「暗くなる前に、山芋を掘って帰ろう」と繰り返し言いつつ、いつになく真剣に芋を探す聖羅を見ては、ひとり含み笑いを抑えている。
幸い山芋は、すぐ側の藪の斜面に簡単に見つかった。
掘り出してみると、これがなかなか立派な山芋である。
まさに宝でも掘り当てた気分で三人はすっかり気をよくし、それでも芋を傷つけたり折ったりしないよう、慎重に掘り進んでいった。
そうして短い秋の日が暮れかけ夕方の風を肌身に感じる頃、三つの籠はいっぱいになった。
「暗くなる前に、早く峠を降りようぜ」
またしても聖羅がそう言った時だった。
峠の上から、さあっとぬるい風が吹いた。
そして小道をはさんだ藪から藪へ、荷車の車輪が軋むような音が伝わって消えていったのだ。
「な、なんだ、今の?!」
すでに聖羅の顔は青ざめ、ひきつっている。
だが、今度は紫野も笑えなかった。なぜなら紫野も、たしかに感じていたからである――不穏な気配を。
いや、不気味な空気といった方がいいであろうか。
とにかく三人は、肌にまとわりつく嫌な気を感じていた。
馬も落ち着きなく身を揺すり始めている。
疾風が静かに腰の剣を抜くと二人も同じようにし、それから自然に背を寄せ合って藪の中から来る「何か」に目を凝らそうとした。
――パシーン!!
突如、木がはぜるような音がし、ハナカゲが激しくいなないた。
そして「それ」は三人の前に姿を現したのである。