第二百四話 兆候
昼間、旅の男女を助け出した疾風と藤吉は、夕刻村の寄り合い場所で皆にそのいきさつを報告していた。(男は背中に重傷を負ったが、命に別状なかった)
井蔵をはじめ、年かさの男たちは一様に腕を組んで低く唸った。「よくない兆候だ」というのである。
「このところ、近隣でよくこんな騒動が起きている。もしかしたら、野武士か山賊が移ってきたのかもしれねぇ」
「あぶりだすか」
「そうだなぁ……」
その会話を聞きながら、疾風は安易に物取りたちを殺すのではなかったと思い始めていた。
なぜ生かしておいて、情報を聞き出すということを考えなかったのだろう?
疾風は耳を赤く染めながらも顔を上げ、思い切って言った。
「親父、今度は生け捕りにする。それからやつらがどの辺りを根城にしているか、聞き出すんだ」
井蔵は頷くと、
「そうだな。そうしよう」
と言った。
だが幸か不幸か、それ以降この辺りで野武士や山賊が出たという噂はまったく聞かれなかった。
紫野や聖羅にとっては、いつもと変わりない夏――川で魚を獲ったり、山で修行をしたり、雪や他の子供たちと鬼ごっこをしたり、高香の隣りで寝たり。
そんなことが続いた夏だった。
一度皆で寺に泊まり込んだ時、その夜は高香がいくつかの幽霊話を披露して、皆怖くて遅くまで寝られなかったが、結局はそれも楽しい思い出となった。
その時はたまたま疾風は来られなくて、後で「俺も行けばよかった」と散々残念がったことである。
そんな中、再び無法者たちの危惧が持ち上がったのは、高香がまた村を去り、朝夕の秋の気配も濃厚になってきた頃であった。
この夏は冷夏で、草路村はもちろん、思うような収穫が望めなかった近隣の村々は、これまでの蓄えに頼らざるを得なくなっていた。
そこへもってきて、戦争も激化しさらなる惨状の他国から無法者がぞくぞくとこの辺りへ流れてきているという噂が立ち始めたのである。
勢い草路村の警固衆は奮い立たざるを得ない。
今後はしばらく、無法者の処置と食べ物の確保、この二つに全力を懸けねばならぬのだ。
「俺たち霞組も、遅れを取っちゃいけない」
これが疾風の口癖になった。
そのたびに、聖羅と紫野も頷く。
ある日聖羅が言った。
「お爺が、峠付近でいい山芋が採れるって」
山芋は栄養も豊富で最高のごちそうになる。
「よし、行こう」
即座に疾風は決断し、馬に籠を括り付けた三人は早速峠に向かうことにした。