第二百三話 変転(三)
ところで京のおしらの予言どおり、藤吉は子を授かっていた。
無事に子が生まれた時、『その子におまえさんの名前の一字をつけてはいけない』というおしらの忠告を藤吉は守ろうとしたのだが、かえでは断固として言い切った。
「この子には、あんたの名前の一字をつけるってはじめから決めてあるのよ。おしらだか何だか知らないけど、妙な京おんなの言うことなんか聞くつもりはないわ」
藤吉は眉をハの字に曲げて困惑を呈したが、結局かえでのいいなりになった。
息子は「吉」と名づけられ、皆の祝福を受けた。
「かえではどんどん強くなっていくな」
見張り台のてっぺんで、疾風が可笑しそうに言い、側にいる藤吉は頭をかく。
「ああ……だけど、いい母親だ、働き者だし。俺には過ぎた女房だと思ってる」
初夏の風が二人の間を吹き過ぎた。
疾風は昔、剣の稽古の後によくかえでが訪ねてきたことを思い返し、懐かしさや可笑しみや切なさや――そんなものがない交ぜになった感情のまま、
「みんな、変わってゆくんだな……」
と、ぽつりと言ったことである。
藤吉は明るく笑った。
「おまえはきっと、じき所帯を持つだろうな。年の割にはしっかりしてるからな――気ばかりじゃなく、体のほうも。最近は親父さんも認めてくれているんだろう? その……あっちのほうも」
何を恥らうことがあろう。藤吉とは男同士だ。疾風はその意味を理解した上で、あっさり肯定した。
「ああ……よその村でならいいって。だが、所帯なんて。俺はまだ十五だし」
「だから、年の割には、さ」
藤吉は両手を上げぐっと伸び上がると、こんな高いところまでも漂ってくる湿った青草の空気を吸い込んだ。
「俺は昔っからおまえとは対等の気がしていた。いやそれどころか、白状すると、おまえには敵わないという気持ちに何度なったことか。だが、おまえがいるから俺も頑張れる……結局はそんな感じだ」
その時、遠くの広原を笠を被った女とその供らしい男が駆けてくるのが二人の目に映った。さらに、その後から数人の男たち――身なりも汚らしく振舞いも粗野な輩。
あれは間違いなく、物取りの類であろう。
あっという間に男の方が背中から殴られて地面に倒れた。そして物取りたちは、一斉に女に向かって走る。
女の鋭い悲鳴が草原を伝わった。
「いかん!」
藤吉が声を上げると同時に二人は見張り台を滑るように降り、疾風はカゼキリに、藤吉も他の馬に飛び乗ると広原に向かって走り出した。