第二百一話 変転(一)
月日の過ぎるのは早い。
疾風は目に見えて男臭くなり、腰に差した兼じいの剣は、新しく、大きくなった。さらにこれは諸刃である。
かなり大振りのその剣は、だがさすがに今の疾風には余るかと思われた。
それでも顔を真っ赤にしながら、「うんうん」と剣と格闘するうちに、何となく板についてきたようである。
一方聖羅は、あの底抜けの明るさがやや影を潜め、時折うつむいた顔から目だけを上げ、大人たちを観察するように眺めるようになった。
それは、三人のうち疾風だけが大人として扱われ、自分と紫野が呼ばれないことが増えたせいかも知れないし、またあの細魚村での夜――小笹の舞いを見ながら寝てしまった夜、ふと変わった気配に目覚め、佐吉と小笹の重なり合う姿を見てしまったからなのかも知れなかった。
とにかく聖羅は、自分の知らないことを、大人たちが別のところで繰り広げているのを知ってしまったのである。
そして紫野は、紫野だけはそういうことから取り残されていた。
次の春、ハナカゲが無事子馬を生みそれが牝だったので、最初の取り決めどおり紫野が「サクラ」と名前をつけた。
サクラと過ごす間中、紫野は楽しく過ごし、ここの空気だけは以前と何も変わらない。
「サクラ、おまえも早く大きくなるんだぞ」
そう言って体を撫でてやる時間が、紫野にとっては至福の時である。
雪も子馬を気に入って、しょっちゅう寺まで上ってきては紫野と一緒に世話をしていた。
「サクラ、おまえには父さんも母さんもいてくれて、いいわね」
そうはいうものの今後の作造の負担を考慮した和尚の提案もあり、その後間もなくナガレボシは、村の集落地に移った聖羅に引き取られていった。
「よう、新しい家の住み心地はどうだ?」
ある日、聖羅の家に疾風がひょっこり顔を出した。
聖羅は、昨日お爺が割った薪を縄で縛りながら汗をぬぐい、
「ん。まあまあかな」
と気のない返事をする。
「前より広いんだけど、あちこち壊れてて隙間だらけさ。直すところがいっぱいだ」
疾風は声を立てて笑った。
「しょうがないさ。きっと、長吉や次郎吉が暴れまくったんだろう」
じつはこの家は、長吉たち家族が住んでいた家なのであった。
彼らは茜の結婚によって、旦那さんに呼ばれたのだ。
茜の一家全員を屋敷に住まわせ使用人として面倒を見ようというのだから、案外旦那さんという人は、茜が言っていたほど悪い人ではないのかも知れない。
とにかくその話が持ち上がった時、一家は村人とも相談して、家を井蔵に明渡すことを決めていた。
村の集落地にあり、かつ、くだんの見張り台からもほど近いこの家に、警固衆の頭である井蔵か霞組の疾風が住んでくれれば都合がよいと考えたのである。
しかし、肝心の井蔵は、その提案を頑として受け入れなかった。
「萩の花咲くこの場所を、離れる意思などみじんもねぇ」と珍しく突っぱねたのである。
疾風にしても父と離れて生活をする考えはなかったから、それを聖羅に話してみた。
すると、それに興味を示したのは意外にもお婆だったというわけだ。
聖羅のお爺もお婆も元は村の集落にいたのだが、渡来人の子を生んで姿を消した我が娘の身持ちを恥じ、聖羅を連れてほとんど山奥ともいえる場所に隠れ住んだのだ。
しかし今、聖羅は村の警固衆『霞組』として名誉を挽回し、そして自分たちにも山奥の生活が不便になりだしている。
聖羅たちがこの家に住む、ということは、全会一致で決まった。