第二百話 芸人たち
不安そうな聖羅と紫野に、権兵衛は豪快に笑って見せ、
「仕事の後は大人の時間なんじゃ。おまえたちに酒はまだ早いでのう」
と言う。
すると、めったにいない息子の佐吉が廊下を歩いてき、足を止めた。
「おや。これはこれは、霞組のちびちゃんたちじゃないか。今夜はここに泊まるのかい?」
権兵衛が、他のやつらは酒と女をあさりにいったと小声で言うと、(それは聖羅と紫野にもはっきりと聞こえた) 佐吉は「ははぁん」という顔をして首を回して二人を見た。
それから嬉しそうに手を打ち、「じゃあ二人は、私が楽しませてあげよう」と声を弾ませたことだ。
こうして佐吉の部屋に通された二人は、そこでまた変な格好をした人間たちを見た。
一人は派手な着物を着た若い長髪の男で、彼はだらしなく酒の乗った膳の横に転がり、何かをつまんでは口の中に入れている。
二人目は盲目の年増女。
そして彼女の膝の上には、大いびきをかいている子供の背丈ほどの男の頭が乗っていた。
女が、入ったきた佐吉の気配に気づき男を揺り動かすと、男は「がぁ?」と鼻を鳴らして寝ぼけ眼を上げた。
「よう、旦那。まさかそのガキを仕込めっていうんじゃないだろうな?」
派手な着流しの男が言う。
その顔は白粉が塗ってあり、唇は紅で赤くふちどられていた。切れ長の目には独特の色気さえ漂わせている――だが痩せてでこぼこした頬のせいで、美男とはいえないだろう。
佐吉が笑った。
「まさか。この子たちは今夜の客だ。さあ、小笹、かめ吉、おつた。おまえたちの芸を見せておくれ」
「旦那の頼みとあれば、仕方ねぇ――よう、おめぇたち、楽だ」
すると小男がぴょんと立ち、奥から横笛と鼓を取ってきて笛を女に手渡した。
小笹と呼ばれた男は舞い手らしく、懐から扇を出すと、それを細い指でなぞるようにさあっと開く。
白地に赤や黄の大花を散らした着物に、水色の派手な金襴の帯。胸元から細くのぞく半襟は真っ赤だ。
後ろで結んだ長髪には、控え目に白の髻がしてある。
佐吉が満足そうに酒を口に運び始めると、震えるような横笛の音が響き、鼓がポン、と鳴った。
踊り始めると、これがなかなかの眺めである。
腰がはいった小笹の舞いは、小気味よいとともに優雅でさえあった。
が、それが紫野や聖羅にとって、意味を持ったかどうか――
「月ィ〜のォ〜
まにまに わが世の〜 春よォ〜
かりがねェ〜の〜 ……」
小笹の歌に合わせ、調子よく首を振っている佐吉の横で、二人はすでに、こっくりこっくり舟を漕いでいたのだった。