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第百九十八話 憧れ

「おい、紫野。最近、疾風……何だか違うと思わないか?」

 ナガレボシの上で、聖羅が後ろに乗っている紫野にこっそりささやくように言った。

「違う? 違うって、何が?」

 意外に思って紫野が聞き返すと、聖羅は口を尖らせ小首をかしげた。

「う、うーん……何となく、さ。説明できないけど」


 これから三人は、他の大人たちと一緒に久しぶりに警邏(けいら)に赴くのである。

 井蔵をはじめ、警固衆の男たちは皆屈強そうであったが、その中に混じってきびきびと動いている疾風は、まったく見劣りがしない。

 聖羅は自分の腕を見、今ここでこれほど生っちろくてか細い腕をしているのは明らかに自分と紫野だけだと思い、ちょっと嫌になった。


 たとえば懸垂である。

 疾風はよく、大きな木の枝にぶら下がって懸垂をする。

 力こぶが隆々と盛り上がり、楽に十回はこなす。

 聖羅は三回がやっと、紫野にいたっては、ただぶら下がっているだけだ。

 そんな二人を見て、だが疾風は笑うだけだ。決してだめだとは言わない。 

「いずれ出来るようになるさ。俺だって、始めから出来たわけじゃない」

 いつからか聖羅は、疾風をまぶしく見るようになっていた。

 たぶん、羨望と嫉妬の目で。


 (もし俺が紫野をいじめて悦んでいるんだとしたら)

今も聖羅はひとり考えた。

 (疾風は俺をいじめて悦んでいる)


 と、馬に荷車をつけ終えた疾風がくるりとこちらを向き、ぼうっと見ていた聖羅に笑いかけ、「行くぞ」と合図した。

 それから自分の黒馬カゼキリに飛び乗ったが、もし鎧兜を身につけていたら、さぞかし立派な若武者であろうと思わせるほどの風格である。

 腰に帯びた兼じいの剣が小さく見え――それだけで聖羅はひっそりとため息をついた。

 浅黒い肌、たくましい腕。

 明らかに疾風は、一人だけ大人になってしまったに違いない。まだ声変わりもしていない、紫野と自分をおいて。


「聖羅、どうしたんだ。俺たちも早く行こう」

 紫野の声にはっと気づくと、一行はすでにはるか前方を進んでいる。

 聖羅は慌てて手綱を握りなおすと、馬の腹を蹴った。


 ハナカゲはナガレボシの子を(はら)んでいることがわかったので、来年の春まで留守番だ。

 子馬の名前は、(めす)であれば紫野が、(おす)であれば聖羅がつけることにしている。

 そして二人は目下そのことに夢中なのであったが、それすらも今日の聖羅には幼い子供の遊びのように思えてきたのだった。

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