表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/360

第百九十六話 茜の願い(三)

「私、旦那さんの後妻になるの」

 茜がすがりつくような目をして言うのを、疾風は赤くなり耐えつつ、

「ああ、それは長吉から聞いた」

 とだけ言った。

 後妻になることが、茜にとっていいことなのか、それとも悪いことなのか、疾風には推測しかねたからである。そしてそれは、はからずも正解であった。

 茜はまたわっと泣き、疾風の胸に顔を埋めた。

「旦那さんは、もう六十なの。あたし、そんな老人の妻になるのよ」

「えっ、六十……だって」


 茜はまだ十五。

 たしかに相手がいくら蔵を持っていようが、それは気の毒なことのように思われた。

「断れないのか? 嫌々嫁ぐことはないだろう。長吉だって、あまり嬉しそうじゃなかったぞ」

 だが茜は首を横に振った。

「だめ。時機が悪かったのよ。奥さんが病で亡くなって……あたしに子が出来たの」

 茜は後の方を、まったく消え入りそうな声で告げた。

 疾風はしばし絶句し、やっと、

「旦那さんの子か?」

 と言った。

 茜は小さく頷いたが、その打ちひしがれた様子が痛々しくて、疾風には後に続ける言葉が見つかりそうにない。

「旦那さんはありがたく思えって。おまえのような卑しい百姓の娘を娶ってやるのだから、って。旦那さんはこのお腹の子が欲しいのよ。奥さんに子供が出来なかったから」

 とたんに茜の小さな目が尖り、こぶしを震わせ憎々しげに声を震わせた。

「好きなようにもてあそんどいて、『娶ってやる』なんて。いったいあたしに何ができたっていうの?」

 そして疾風を見上げた。

 その目の真剣さ。疾風にはとっさに、これから茜が言おうとしていることがすべてわかりすぎるほど、わかってしまった。


「私……ずっとあんたが好きだった――旦那さんに嫁いだら、もう帰って来れない。あんたとのこと、一生の思い出にする、だから……だから、疾風……」

 そう言うと、茜は再び疾風の胸にしがみつくようにし、片手で疾風の二の腕あたりをぎゅっと握った。

 そして積極的に藁の山の方に誘うと、疾風の腕を引っ張りながら身を落とす。

 あたりはしんとし、藁山のかさこそという音がやけに大きく聞こえた。

 春の夜気はまだ冷える。

 それでも疾風の体はすでに火照っていた。

 自分の手を握る茜の手も、熱い。 

 ついに疾風はためらいながらも膝をつき、茜の上に屈み込むような形になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ