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第百九十四話 茜の願い(一)

 帰り道では行きのような楽しさは感じられなかったが、それでも一行の京旅行は無事に終わった。

 広原まで来た時、四人は嬉しくてつい走り出してしまい、それから村へ入るとそれぞれの家へ散っていった。

 もうじき日が落ちる。

 疾風は、(親父、いるかな)と思いながら家の近くまで来てふと足を止めた。

 人の気配を感じたのだ。

 すると案の定、右手の木の陰から長吉がつっと顔を出し、疾風と知るや慌てて立ち上がった。

「長吉……なぜここに?」

 長吉は両手の泥を払いながら、

「もうそろそろ帰ってくる頃かと思って。間に合ってよかった」

 言い終わり、疾風の顔を真剣な眼差しで見た。

「言ったろ? 姉ちゃんが会いたいって言ってるんだ」

 本当のことを言えば、疾風は疲れていた。つい気のない返事を返す。

「あ、うん。じゃあ明日、行くよ」

 そのとたん、長吉が大声を出した。

「だめだ、明日じゃ間に合わない!」

 疾風は驚いた。

「どうしたんだ。茜に何かあったのか」

 長吉は、ついに疾風の着物をつかみ、さらに力を入れて引っ張ると、

「姉ちゃんは明日、お屋敷へ帰るんだ。そしたらもう二度と戻ってこない――お屋敷の旦那さんの後妻になるんだって」

 と、半分べそをかく。

 しかしそう言われても、疾風にはピンとこず、黙ったまま首をかしげるばかりだ。

 長吉は言った。

「とにかく今夜、茂作爺さんの藁積み小屋に来てくれって。いいか、絶対だぞ」

「藁積み小屋?」

 疾風は思い出した。昔、紫野と次郎吉がむしろを被って寝ていた小屋だ。

「絶対に行ってくれよ。――俺、これを言うために、ここで三日も待ってたんだからな。もし来なかったら、俺、おまえを一生許さないぞ」

 くるりと向きを変え走り去る長吉を見ながら、疾風は驚きを隠せない。 

 (三日も? それに一生許さないって、そんなに大事(おおごと)なのか?)

 茜の丸い顔を思い浮かべながら、やはり首をかしげつつ、疾風は家に入った。

 そして少し早い夕餉を食べながら井蔵に京での報告をあらかたすると、すぐにぐっすりと眠り込んだ。


「納得したかね」

 寺に帰ってきた紫野に対し、和尚は開口一番そう言ったが、紫野は「うん、まあまあね」と曖昧な返答をしたのみであった。

 水がめの水で手と顔を洗い、さっさとわらじを脱ぐそのしぐさを、和尚と作造は笑いをこらえて見ている。

「京はどうじゃった」

 作造が問うと、やはり紫野は「うん」と言ったままで、二人は手で口を押さえながら肩をひくつかせた。

「これ」

 紫野は土産の入った袋を和尚に手渡しながら、

「京ってたいしたことなかった。人は大勢いたけど」

 そして作造を見上げた。

「お腹、すいちゃったな。食べるもの、ある?」

 ついに笑い出した二人の大人の間で、紫野も仕方なく笑い出した。

 和尚と作造には、紫野が無事に帰ってきてくれたことが何よりの土産であったに違いない。

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