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第十九話 約束(二)

 今にも崩れそうなみすぼらしい家屋の前で、四人は立ち止まった。

 疾風が大声を上げる。


「お婆。いるか、お婆!」


「誰じゃ!」

 中からお婆の声がし、疾風は答えた。


「疾風だ。父ちゃんが、お爺の足の具合はどうじゃと言ってた」


 するとすぐに戸が開いて、お婆が顔を出した。

「おお、井蔵さんの息子かい。ほんに世話になった……」

 そう言いかけ、長吉の顔を見て顔をしかめる。


 即座に疾風は言った。

「お婆、昨夜のこと、謝りに来たんだ。長吉は俺の弟分だから、俺にも謝まらせてくれ。聖羅のことを『鬼の子』なんて言ってすまぬ」


「す、すまぬ!」

 長吉と次郎吉が同時に頭を下げる。


 お婆はすぐに微笑んだ。

「疾風……お前はほんに村の評判どおり、出来た童子(わらし)じゃの。井蔵さんも安心じゃろうて」


「お婆、聖羅は?」


 するとお婆は嬉しそうに目を細めた。

「おお、聖羅に会ってやってくれるか。裏山でひとりで遊んでおる。疾風、どうか行ってやっておくれ」 


 疾風は「わかった」と頷き裏山の方へ回ったが、そこで付いてきた長吉たち二人に言った。

「偉かったな、ちゃんと謝れて。さすが俺の弟分だ。お婆もきっとお前たちを見直したぞ」

 長吉は嬉しそうに、えへえへ、と頭を撫でている。


「だけど聖羅はきっとすぐには許してくれないと思う。今は俺と紫野で会ってくるから、お前たちは先に父ちゃんのところへ行って稽古を始めててくれないか」


 長吉と次郎吉は顔を見合わせたが、彼らとてできれば聖羅には会いたくなかった。

 内心ほっとして頷くと、もと来た道を駆け出していった。



 そこはちょうど木立が切れ、平坦な空き地のような場所になっていた。


 聖羅は大岩の上から、長い縄の先に小石を括りつけたものを(むち)のように振り出しては辺りに突き立てた小枝を狙って、ひとり遊びに興じていた。 


 聖羅の狙いは正確で、実に見事に小枝が倒れていく。

 最後に跳ね返ってくる小石をぱしっと手の中に握ると、我ながら満足して胸が()いた。

 じっと石を握り締めていると、聖羅の心に熱い思いが湧いてくる。


 そして自分に言い聞かせるのだ。

 俺は誰よりも強い、と。



 聖羅はずっと一日こうして過ごしている。

 昔は寂しいと思ったこともあったが、今ではこれが当たり前になっていた。

 そうむしろ、他の子供たちにからかわれたり鬼の子呼ばわりされることもなく、自分の楽しみに没頭できるのは聖羅にとっては幸せなことだった。


 自分でさえ顔も知らない、渡来人(とらいじん)とかいう父のせいで「鬼の子」と呼ばれ、母はそんな村の中傷に耐え切れなくなって聖羅を捨てて村を出た。

 お婆は二人とも死んだと言うが、もしかしたら生きているかもしれないことを、聖羅は知っている。

 何にしろ、かつて村の中心で暮らしていたお爺とお婆は、身勝手な自分の娘と風変わりな子供を恥じてこの村はずれの一軒家に移り住んだのだ。


 誰も俺を見ちゃくれない。



 聖羅はまた小枝を並べようと、岩の上から飛び降りた。

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