第百八十九話 おしら一座(二)
観客は、すべて幕の外に出ていった。
そして今、四人だけがここに取り残されているのである。
頭を下げる藤吉の前には、屈強な用心棒。
先ほどからずっと、すごまれているのであった。
「何? 銭がないだと? ふざけるんじゃねぇ」
「銭……銭って、何を渡せば――」
草路村では銭は使わない。すべて物々交換だ。それゆえすごまれても、四人にはとっさに理解できないのだ。
疾風がはっと思い出し、藤吉をつつく。
「藤吉、ほら、あれ。親父がくれた、あれだ」
「あっ、あれか」
藤吉は慌てて懐を探ると折りたたんだ布を取りだし、それを開いた。そこにころころとした銀色の固まりが数個――井蔵がくれた路銀である。
「あるじゃねぇか。さっさとよこせ」
男はそう言うと、布ごと、すべての路銀を取り上げた。
「待ってくれ、全部は……」
藤吉が抗議しようとしたが、男はぺっと唾を吐き、
「何言ってやがる。四人分だ、これでも足りねぇぐらいだ」
とうそぶいた。
「このやろう…!」
と、疾風が飛びかかろうとした時、
「お待ち」
女のあでやかな声がした。
見ると男の背後から、黄色い重ね襟の見える紺地の小袖を着流し、髪を軽く後ろで束ねた女が、両腕を組んだままこちらへ歩んでくる。
ふっくらとした白い顔に、やけに口元の赤い紅が目立つ女であった。
女は、歳も三十近いのだろうか、相当の貫禄を漂わせ、ゆっくりと四人に近づくと男に言った。
「おやめ。返しておやりな」
それは先ほどのあでやかに聞こえた声とは違い、女の声帯が出しうる限りの低音である。
その違いに疾風はぎょっとした。まるで、女の底知れぬ怒りに――気づいてはいけないものに気づいてしまったかのように。そしてそれがあたかも自分たちに向けられたものと、錯覚してしまったかのように。
用心棒の男は、急転直下に大人しくなり、この女の前で情けない声を出し始めている。
「へへっ、どうも、おしらさん。いや、こいつら見料を払わなねぇで出て行こうとしやがったんで……」
――おしら、だって?!
紫野が聖羅を見ると、聖羅も口をぱくぱくさせてそう言っているようだった。
――おしらだって? あの女だ!
おしらは男から路銀を包んだ布を受け取ると、そこから一つだけ、銀を取った。そしてまた布を包み直し、それを藤吉に返す。
「見れば一人を除き、まだ子供じゃないか」
言いながら藤吉の顎をくいっとつかみ、
「おまえさんの分だけ、いただけばいいよ」
そして、くっと笑った。