第百八十八話 おしら一座(一)
幕の中では、すでにたくさんの人がひしめくように立ち、互いにしゃべりながら前方を睨んでいた。
藤吉はともかく、三人はまだ背が足りない。ぴょんぴょん飛んでいると、皆笑いながら前へ押し出してくれた。
そのおかげで、何とか見える位置に落ち着いたものの、聖羅は紫野を引っ張って、さらに前の方へ割り込んでいった。
「あいつ、やけに張りきってるな」
あきれたのか感心したのか、疾風はついでにあくびをすると、自分はそこで藤吉と一緒に見ることにした。
だが四人とも、次第にわくわくしてきていたには違いない。
まるで祭りの前、巨大な焚き火が焚かれる直前のようだ、と疾風は思った。
「何が始まるんだろ」
聖羅は、また落ち着きなく首を伸ばした。
前方には、地面より高くなるように舞台のようなものが作ってあるのがかろうじて見えた。
「紫野、見えるか」
「うん。見える」
見ると、紫野は屈んでいる。
聖羅はただちに首を引っ込めると同じようにしゃがみ、紫野を見てぺろりと舌を出した。
「早う、やれい」
誰かが叫んだ時である。
「シャン」と鈴の音が鳴って、あっと思う間に綺麗な色の布をまとった女たちが走り出て、舞台の上に飛び乗った。
髪に幾筋もの綺麗な飾り紐を編み込み、顔にも完璧な化粧をほどこした五人の女は、皆一様に赤い唇をほころばせ観客に向かってにっこり笑うと、太鼓と鈴の音に合わせて舞い始めた。
そのしぐさは見たこともないほど優雅で、表情は妖艶である。
畢竟、京の女とはこれほど綺麗なものなのかと、四人は驚嘆した。
女たちは音に合わせて爪先立ちで回り、体や腕にまとった薄い色布をひらひらと舞わせる。そして妖しげな視線をおくるのだ。
「まるで、天女じゃ……」
聖羅の頭の上から、野良助がうっとりとつぶやいた。男の腰がふらふらとかすかに揺れている。
(ふぅん、てんにょ?)
気にかかる言葉だ。聖羅は、これはぜひ覚えておこう、と思った。
女たちは狭い舞台にもかかわらず、立ち位置を入れかわり立ちかわり、そのたびに聖羅や紫野の前に違う女が立ち、必ず目を合わせていく。
今や二人とも、女たちの視線から目をそらすことは出来なかった。しゃがみ込んだまま、ひたすら女たちを追っていた。
やがて五人が舞台の後ろにへばりつくように立ち並ぶと、新たな女が現れた。
その女はさらにごてごてと着飾っている――かに見えた。
が、実際は肩にたくさんの細い色布をかけていたにすぎぬ。
彼女が正面を向いた時、四人はそれぞれの場所で卒倒しそうになった。
――なんと、彼女は白く豊かな乳房をあらわにしていたのである!
「待ってました、おしらっ!」
だが観客は一斉に拍手を送り、歓声を上げた。
疾風と藤吉は、思わず真っ赤な顔でたがいに見合い、紫野と聖羅は一瞬目を見合った後、けらけらと笑い出した。
おしらはばっと布を振り上げると、腰をくねらせて舞い始めた。
太鼓は鳴らない。その代わり、おしらの両足首につけられた鈴が「シャン、シャン」と響く。
そしておしらは、この世のものでないような美しい声で言った。
「わらわは、アマノウズメ。天上の舞い手じゃ」
――シャン、シャン、シャン、シャン……
おしらは舞いながら、他の女たちと同じように、なぜか紫野と聖羅の前でちょっと間を取ったようだった。
そしてその流れる瞳で二人を見、ふっと微笑んだのだ。
聖羅はおしらと目が合った時、本当に倒れるかと思った。