第百八十六話 京の夢(一)
こうして都に行くという紫野と聖羅の夢ははかなく潰えたが、その気持ちをくんだ井蔵は、藤吉を水先案内人として三人を都にやることを提案した。
三人が――とくに紫野と聖羅が、喜んだのは言うまでもない。
じつは、ここ草路村から京の都まではそう遠くない。
「足の鍛錬になるから、歩いていけ」
井蔵はそう言ったが、本当のところは、「侍でもない、まして子供が立派な馬に乗って京に乗りつけるなんぞ、とんでもない、目立ちすぎる」ということであった。
むろん、京への道中は野武士や追いはぎなど危険がいっぱいだ。今まで大人たちが彼らを京へやることを許さなかった理由がそれである。
だが彼らはそれだけの訓練を受けている。大丈夫だ、と井蔵は思った。
「気をつけて行けよ。藤吉、頼んだぞ」
こうして三人は、よく晴れた日に、草路村をうきうきと発っていった。
道中は平和でじつに楽しく、何の問題もなかった。
春の陽射しは暑すぎるということもなく、夜も火をたけばぐっすりと眠れる。
とくに急く目的もなく、重い任があるわけでもない今回の旅は、気ままそのものであった。
「たまにはいいな、旅も」
鳥たちが高く飛ぶ空を見ながら、藤吉も言う。
「そうだろ。かえでにガミガミ言われなくてすむし」
「疾風、こら」
二人は大声で笑った。
時々、人とすれ違う。都に近づくにつれ、その数は多くなり、また格好も違ってきた。
自分たちとさして変わらない田舎風の身なりをした人たちとは出会わなくなり、商人風のせかせかと歩く男たちや笠をつけた綺麗な女たちが、すれ違うたび四人をじろじろと眺めていく。
一度、三人の女たちが興味深げに見、通りすぎてから甲高い声を上げて笑い合った時、疾風は顔を朱に染め、
「おい、藤吉。俺たち、そんなにひどい格好してるのかな……」
と言ったことだった。
実際、四人はやっぱり場違いだったのである。
それは石造りの橋を渡り、京の都に入った時には歴然としていた。
すさんだ、とはいえ、京はやはり京である。
草ぼうぼうの荒れ果てた平地が続いていたかと思えば、突然、朱塗りの大門の向こうに広い通りが現れた。
両側に、整然とした白塗りの塀がどこまでも続くその通りを、見たこともないような牛車がのろのろと進む。そしてその通りを悠然と歩いているのは、あの稚児衣装を大きくしたような着物を着、頭に変な帽子を被ったやけに顔の白い男たちや、長い刀を脇に刺して大またで歩いている貧相な侍たち、それから驚いたことに、ミョウジと同じ僧侶の格好をしているのに長槍や剛弓を手にし、鎧までも身に着けた男たちの集団であった。
一方、目を転じれば、その脇で土ぼこりにまみれながら物乞いをする人たちの列。
皆、同じ京の人間である。
そして皆、四人をどこの田舎者かとじろじろ見た。公家も、侍も、乞食たちも。
紫野は不思議な感じがした。
聖羅が小声で言った。
「どこか細い道に入ろう……」
こうして竹の屹立する藪の側の誰もいない小道に出た時、一同は思わずほっと息をついた。