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第百八十五話 稚児化粧(十)

「紫野」

 だがその時、自分を呼んだ声の主――中庭から現れた新たな人影に、紫野はよりいっそう瞳を大きくした。

「高香!」

 紫野は立ち上がりはしなかったが、水干に通した腕を広げ、嬉しそうな声を出した。

「高香、いつ来たんだ? たった今?」

 高香は「しっ」と口の前に指を一本立てると、

「いい子だから、疾風の言うとおりにするんだ。後で説明する」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、今度は背後の障子戸がすっと開き、聖羅が忍ぶように入ってきたではないか。

「どうだった、聖羅」

 疾風が問うと、聖羅はひとつ頷いた。

 紫野は座したまま、何が起こったのかわからず、きょろきょろしている。

「今、恵心と話してるぜ。恵心が、自分も京へ連れていけって。約束だろうって。――何の約束だろう?」

 和尚と作造が寺にいないようだと聖羅から聞かされていた疾風は、ピンときた。苦々しげに「恵心のやつ、紫野を売ったな」と言うと、高香と目を合わせ頷く。

 高香が言った。

「さあ、紫野。早く」


 かくして恵心も謀って難なく事を収めた墨斎が、鼻歌交じりにやってきた。

 稚児衣装を着て鎮座する愛らしいその後ろ姿に思わずにんまりとし、背中から抱き締めると、

「待たせたのう。ささ、わしの部屋へ。床の……いや、儀式の用意もできておるぞ……」

 そう言って、胸の方に伸ばしたその手をさわさわと動かした。

 (おや? こんなに大きな子だったかな? 何やら少しいかついような……)

 ふと疑問が浮かんだその瞬間、振り向いた稚児の顔に「ひゃあっ」と悲鳴を上げ、墨斎は腰を抜かした。

 目の回りと鼻の頭が真っ黒で、唇は血が滴るように真っ赤である――その唇が、にっと笑った。

「おま、おま、おまえは誰だっ」

 化け物稚児、すなわち疾風は、さっと立ち上がり、低い男の声で「あっはっは」と笑うと、

「このすけべ坊主が。よくも紫野をだまそうとしたな。あれを見ろ」

 と中庭を指差した。

 顔中引きつらせた墨斎は、反射的にそちらへ目を転じ、即座に剥いた。

「そ、そ、そちは……」

 中庭の松の木の前に飄然と立ったのは、白く輝く長身の影。

「私の顔を覚えておられましたか。ならば話が早い。――墨斎上人、すぐにここを出て行かれよ。そして、これ以上御名誉をおとしめられたくなくば、この村には留まらぬことです」 

 毅然と言い放つ高香である。


 その後、毒づきながらもそのまま逃げるように寺を出て行った墨斎の不在を嘆いたのは、恵心ただ一人であった。

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