第百八十三話 稚児化粧(八)
村人たちは三々五々、散っていった。
見張り台の下で、疾風と聖羅から今朝のことを聞かされた高香は、眉をひそめ問うた。
「紫野が稚児に?」
うんと頷きつつ、疾風は尋ねる。
物知りの高香なら、きっと知っているだろうと期待して。
「高香、稚児って何だ?」
聖羅が両手を振って割り込んだ。
「だから偉い坊さんの……」
だが高香はそれをさえぎり、
「何という名の僧侶だと?」
その言い方には、珍しく切迫感が感じられる。
聖羅は思い出しながら、言った。
「大和の高僧だって。ボクサイさま、って言ってた」
そのとたん、高香の顔色が変わり、
「すぐ寺に行こう。止めなくては。――疾風、馬を借りるぞ!」
即座にカゼキリに飛び乗ろうとした。
「待ってくれ、高香。俺たちも行く。聖羅、行くぞ!」
こうして三人は馬で寺へと駆けた。
高香は疾風の後ろに乗り、駆けながら疾風に説明した。
稚児というのはたしかに高僧の世話をする者だが、中にはみだらなことを楽しもうという愚僧もいる。紫野を京へ連れていくなどと言って稚児にしようとしているのは、まさにこの愚僧――よりにもよって、大和の墨斎上人とは。
「私が大和の守護代伊勢実友様のお傍にいた時のことだ。ある寺から、稚児の様態がおかしいから見てほしいという使いが来た。行ってみると、稚児が体をひどく傷つけられ、高熱を出してふせっていたのだ。和尚に尋ねると、彼には墨斎上人という僧侶の世話をさせたという」
カゼキリが大きく旋回し、横道に入った。
高香も疾風も馬に合わせて体をよじる。道は少しばかり上りになり、馬の速度がゆっくりになった。
「坊主の世話をすると、熱が出るのか……その稚児、何かばちあたりなことでもしたのかな?」
「いやいや、そうじゃない」
高香は言った。
「稚児は体中痣だらけで、ひどく怯えていた……墨斎上人から虐待を受けたことはあきらかだったのだ。それで私は彼に会うことにした――」
「おおい、疾風。いったい紫野に何があるんだ? 高香、ボクサイさまって悪いやつなのか?」
「黙ってろ」
後ろから叫ぶ聖羅を疾風は制すると、「それで、どんなやつだった?」と高香にうながした。
「彼は年寄りだったが……外見はともかく、好ましからぬ気を感じた。上人は、稚児が言うことを聞かないから少し力が入ったかもしれぬ、と言った。だがあれは嘘だ。でなければ、あんなに稚児が怯えるはずはない」
「許せないやつだな」
「そうだ、許せない。さらにその折り、付近の村で、何人もの子供が同じような被害にあっていることを偶然聞き及んだのだ。皆、食べ物や金でつられて墨斎上人に一夜従った子供たちばかり。中には腕の骨を折られかけた子もいる――私は即座に実友様に訴えた。結局上人は、実友様の命により、大和の国から追放になった」
「そんなやつが、紫野を……!」
「おそらく、都に連れていってやると言ってだましたのだろう」
高香の話を聞いて憤慨した疾風は、即座にあることを閃いた。
「高香、赤い色の出る実を摘んでいこう」
「赤い色の出る実?」
もう風は夕方のそれである。
二頭の馬は、たてがみをなびかせて走った。