第百八十二話 稚児化粧(七)
新しい見張り台は古いものより六尺ほど高く、頑丈だ。
去年の秋の長雨のため、土砂崩れで倒壊した以前のものに代わる見張り台の建設が、この冬の間に急ピッチで進められたのだ。
完成に近づいた今でこそ放免されたが、むろん三人も、最初のうちは毎日のように作業を手伝ってきた。警固衆であるから当然の仕事である。
だがこの見張り台の建設に関しては、かなり小さな子までたずさわってきたのだった。
彼らは力がなくとも、石の一つ、棒の一本を運んだ。それは寄り合いで話し合って、彼らの親が積極的にそうさせたのである。
自分たちを守るための見張り台――。
どんな人間にもその自覚をしっかりと根付かせ、本当の意味での皆の見張り台にするためであった。
今、一連の作業を終えた男たちの顔は、汗にまみれ輝いている。
その中に、疾風は長吉を見つけた。
長吉とは次郎吉の葬儀以来、すっかり疎遠になっていたが、この見張り台の建設のおかげでまた少しずつ話をし合うようになっていた。
「よう、長吉。調子はどうだ」
すると振り向いた長吉が、返事をする代わりに神妙な顔をして近寄って来た。
そして疾風の前に立つと、ひそやかな声で、
「あのな。今度姉ちゃんが帰ってくるらしいんだ。その時おまえに会いたいって」
もう疾風のことを「兄貴」とは呼ばない。が、疾風もそんなことは気にしていなかった。
「茜が? ……ふぅん、わかった」
そして片手を上げ長吉と別れると、上にいる井蔵を見上げ、聖羅に「上るぞ」と声を掛けた。
長髪を風になびかせながらするすると上まで上った二人は、そこから村の外を見渡し、「おお」と声を上げた。
ここに上がったのは、久しぶりだ。
二人同時に目を細め、景気に見入る。
薄い青の空には、これまた薄い雲がたなびき、やや春霞にかすむ見渡す限りの広原の向こうには、きらきらと川の流れが見えていた。
そのまた向こうに、低い小山が二つ連なっている。(手前の小山を一つ越え、ここからは見えないが、もう一本川を渡ったあたりが嘉平次の村だ)
空をひばりが高く飛び、鋭い声を上げつつ、また地面に向かって落ちていった。
「高くて気持ちがいいな」
疾風が片手を目の上にかざした刹那、強くなった太陽の光が少しずつ花開き出した広原の一部を照らし、そこだけを鮮やかに浮かび上がらせた。
白や黄色の花びらが、緑の中で踊るように光っている。
「光の柱だ」
聖羅が感心してつぶやいた。
「いい見張り台が出来た。これなら、そこいら国人のものにも劣らねぇ」
井蔵は上機嫌で顎を撫でている。
そこで疾風は切り出した。
「親父。 俺たち、都へ行ってくる」
「都へ? いつだ」
「……今日、これから」
さすがに井蔵も驚き、
「何しに行く? 何か急な用でもあるのか」
と言った。
今度は聖羅が口を開く。
「親父さん。俺たち、どうしても都へ行ってみたいんだ。紫野が稚児になって偉いお坊さんについて京へ行くっていうから、俺と疾風もついていくことにしたんだ」
それを聞いて、井蔵はさらに目を丸くし、声をうわずらせざるを得ない。
「紫野が? 稚児になって偉い坊主と京へ行く、だって?」
その時、ふと顔を上げ彼方を見た疾風の目に米粒ほどの人影が映ったが、それが誰であるか、疾風には瞬間にわかった。
「高香だ。高香が来た」