第百八十話 稚児化粧(五)
午後、聖羅が寺へやってきた。
まっすぐにナガレボシのところへ行くはずだったが、いつもは作造か恵心のどちらかが必ずいる境内に誰もいないのを不思議に思い、紫野の部屋に面した中庭の方へ回った。
すると髪を結わえた紫野が、たらいに湯をはって体を拭いているではないか。
「何してるんだ、こんな昼間っから?」
そう声を掛けると、紫野は脇の下を拭きながら、
「稚児になるんだ。儀式をする。だから今日は外へ出られない」
と言った。
「稚児に? 稚児って、何だ?」
黙って紫野が指差す方を見ると、白い着物と赤い袴が広げられている。
紫野が言った。
「稚児は、あれを着て偉いお坊様に仕えるんだ。墨斎様は、大和の国の高僧だって」
それからとたんに嬉しそうな表情になり、頬を紅潮させた。
「驚くなよ、聖羅。――俺、京へ行くんだ」
「えっ、京へ?!」
聖羅はやっぱり驚いたようだ。
ぽかんと開いた口が、無邪気すぎるほど無邪気に見えた。
聖羅も紫野に負けず劣らず、都にあこがれているのだ。
紫野がちょっと優越感を含ませた流し目で見ると、聖羅は思いきり眉を下げた。
「おまえだけ行くのか? ずるい」
口をへの字にした聖羅は、まさかとは思うが泣きそうだ。
その様子が可哀想に思えた時、紫野にいい考えが浮かんだ。
「そうだ、聖羅も一緒に行けばいいんだ。疾風も――みんなで行こう。俺、墨斎様に頼んでみる」
そこまで言って、「あっ」と残念そうな顔をした。
「やっぱり……でもあの衣装がないと、稚児にはなれない」
だが、ここであきらめるような聖羅ではない。なんとか食い下がる。
「じゃあさ、俺と疾風は後ろから馬に乗ってついていく。おまえだけ稚児になればいい」
「うーん……それしかないなぁ。墨斎様、いいって言うかな」
紫野は爪を噛んだ。
「ま、とにかく聞いてみてくれ」
もうすっかり京へ行く気の聖羅である。
「疾風にも知らせてくる」
そう言って飛び出していった。