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第十八話 約束(一)

 草路村の祭りの夜は、しのにとって大変意義深い夜となった。

 しかしながら、あの後紹介された何人かの村人たちを、しのは覚えていない。


 ちょうど舞が終わった頃、ミョウジが(かゆ)を持ってきてくれたのでそれを食べ、また疾風と一緒に焼き芋をもらいに行った。そこで若い女たちからしきりに「可愛い」と言われ、頭を撫でられたり抱き締められたりした後、疾風の剣の仲間という何人かとも引き合わせてもらったのだが、もうその頃にはしのの目蓋(まぶた)はくっつき始めていたのだった。


 結局しのは、作造に負ぶわれ、すやすやと寝息を立てながら寺へと戻っていったのである。



 翌朝、朝食を済ませたしのがまた縁側に座っていると、疾風が現れた。

「よう、しの」

「はやて!」


 疾風はにこにこしながらしのに近付くと、「さあ、剣の稽古に行こう」と言った。

 その声を聞きつけ、和尚が奥から顔を出す。


「おお、疾風か。昨日はご苦労さん」

 そして一枚の紙を見せた。


「どうじゃ、しのの名前を考えたんじゃが」

 そこには「紫野」と書かれてあった。


「紫草はわしの好きな花じゃて。紫草の咲く野原という意味なんじゃよ」

「ふぅん」


 疾風は感心したように鼻を鳴らし、

「だけど、難しい字だな。俺には書けないよ」

 と情けなそうに言った。


 和尚ははっはっと笑い、

「大丈夫じゃ。ちゃんと教えてやる。お前ならすぐに書けるようになる」


 そして紫野の頭を撫でた。


「さあ、疾風と一緒に剣の稽古をしておいで。紫野や」



 寺の山道を下って林の道へと続く辻に、長吉と次郎吉の姿があった。


「おう、来たか」


 疾風が兄貴分らしく二人に声を掛けると、二人は照れたように頭をかいた。

「紫野、昨夜の燃えた提灯の理由(わけ)は長吉から聞いた。これから聖羅(せいら)に謝りに行くんだ」


「……?」


 紫野はすっかり忘れていたが、今の疾風の言葉で、昨日の燃える提灯と茶色に輝く髪の男の子の冷たい横顔を思い出した。


 林の道を行きながら、疾風が言う。


「お爺とお婆はたまに見かけるけど、聖羅は絶対村へは下りて来ないんだ。だから俺もあいつとはしゃべったことがない。誰も、あいつのことは何も知らなかったんだ。でもこないだ、父ちゃんが沢で足を滑らせて動けなくなっているお爺を見つけ助けた。その時聖羅のことを詳しく聞いたらしい。あいつは……」


 ひょいと後ろを振り向くと、長吉兄弟がのろのろと随分後ろを歩いている。


「おい、何してる! もっと早く来い!」


 二人が走り出したのを見届けると、疾風はまた紫野を見てにっこりと笑った。

「とにかく、聖羅に謝りに行く。弟分の言ったことは、俺にも責任があるからな」 


 またあの子に会える。


 そう思うと、紫野はちょっとだけ、嬉しかった。

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