第百七十九話 稚児化粧(四)
紫野は目の前の老僧を凝視した。
得体の知れないものを、何でもまっすぐにじっと見つめることは、紫野の癖である。
老僧は髭こそなかったがごま塩の白眉が伸び放題で、その下に小さな、しかし決して優しそうではない目がしわに埋もれていた。
唇ばかりが濡れて、やけに赤い。
あまり好きな顔ではなかった。
「おまえにこれをやろう」
墨斎は、例の稚児衣装を差し出すと、大仰な身振りでそれを広げだした。
紫野はほとんどしかめ面でそれを見ている。
(こんな衣装はいらない。ハナカゲにだって、乗れないじゃないか)
「知っているか。これは都の稚児が着る衣装だ。この衣装を着れば、おまえも都の稚児になれる」
「都の?」
恵心の言ったとおり、紫野の心がぐんと動いたのを見て取った墨斎は、さらに得々として話し続けた。
「わしはこれから京へ上る身じゃが、稚児を一人連れて行かねばならん。これを着た稚児をな。だからこれをおまえにやるということは、おまえを京へ連れて行ってやるということじゃ」
とたんに紫野の瞳がぱっと輝いたのは、火を見るよりも明らかである。
「京へ?!」
「行くかね? 京へ」
「うん、行く!」
(よし――!)
心の中でそう叫びながら、それでも墨斎はゆっくりと頷き、より厳かに言った。
「それなら稚児になる儀式を行わなければならない。稚児は、わしのように身分の高い僧に仕える者じゃ。まず身を清め、この衣装を着るのだ。そして今宵は朝までわしとこの部屋で過ごさねばならん。これは何より重要なことであるぞ」
「うん。わかった」
いとも簡単に二つ返事をすると、紫野は稚児衣装を手に取った。が、ふと気になったかのように、
「でも俺、またここに帰ってきたい。それでもいいの?」
すると墨斎は顔の前で両手を振り、
「むろんじゃ。好きなだけ京見物をしたら、またここへ送り届けてやろう」
それを聞いて、紫野はまったく安心したようだった。
「うん! じゃ、着てくる!」
稚児衣装をつかんで部屋から走り出そうとした。
「おっと、待て待て――大切なものを忘れておった。これを」
そう言って墨斎は、懐から小さな油壷のようなものを指に挟んで取り出すと、
「これが、要じゃ。もっとも神聖なものじゃぞ。いいか、これの使い方はな……」
ゆっくりと、含むように、説明しはじめた。