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第百七十八話 稚児化粧(三)

 恵心は、こほんと一つ咳をした。

「すぐに戻ってくるでしょう。今、朝駆けとやらで馬を走らせていますから。部屋へ行かせましょうか?」

 それを聞いた墨斎は、にやりと笑った。

「頼んだぞ――そなた、なかなか気が利くではないか」

「墨斎様。その代わり後で私の話も聞いていただけますか? 聞いてくださるなら、もう一ついいことをお教えしましょう」

「おお、聞くとも、聞くとも。いいこととは、何だ」

 恵心は、ますますつんとした顔つきになった。もったいぶったように、

「それはですねぇ……紫野は案外単純なところがあります。あれの望みをちらつかせれば、何でも墨斎様の言うことを聞くでしょう」

「望み、とは」

 恵心が、くふっ、と笑った。

「私が言ったというのは、秘密ですよ……」

 そうして墨斎の耳元に手を当てて、ぼそぼそとつぶやいた。


 「よしよし。おまえはいい子だな、ハナカゲ」

 朝駆けから戻った紫野は、ハナカゲの背中の汗を拭いてやり、それからナガレボシにも声を掛けて部屋に戻ろうとした。

 たぶん午後になれば疾風か聖羅が来るはずだ。それまでに僧坊の廊下掃除をするのが紫野の役目なのだ。


 恵心に呼びとめられた時、気持ちがすっかり掃除のことにいっていた紫野は、ちょっと邪魔をされた気分になった。

 だがいつもはつんけんしている恵心が、今はにこにことしているではないか。

 紫野はそのことに好奇心を抱くと、立ち止まってじっと恵心を見つめた。

「紫野。和尚様と作造さんは、村に急な用が出来て先ほど出かけられたよ。だから私とおまえに墨斎様のお世話を頼んでいかれた」

「墨斎様?」

「そうだ。大和の偉いお坊様だよ。夕べ遅くに見えられたのだ。ぜひおまえとも話をしたいとおっしゃっているので、今からお訪ねするといい」

「ふぅん」

 妙心寺では、これまでにも少なからず旅人や行商人を泊めてきた。それゆえ、こんなことは珍しいことではない。

 紫野はとくに警戒もしなかった。

「もしかしたら、私とおまえによいものをくださるかも知れないよ」

 紫野にしてみれば、恵心がうきうきしていることの方が尋常でない。

 掃除のことはすっかり忘れ、何が起こるのだろうかという気持ちで、恵心に連れられて墨斎の部屋を訪ねた。


 だが障子戸を開けたとたん、墨染めのみすぼらしい法衣を着た男が気味の悪い甲高い声を上げ、紫野は思わず体を引いてしまった。

「ほほう、よくぞ来た。さ、さ、ここへ座りなさい。紫野とゆうたな。わしは墨斎じゃ。大和の国では、皆がわしを『げに稀なる高僧よ』ともてはやしてくれたことであるぞ」

 墨斎は紫野の両肩を後ろから包むようにして部屋に真中に連れていくと、恵心には「下がれ」と指で合図をし、紫野を座らせた。

 そして声も優しげに、

「わしはの、おまえにおまえの望むことをしてやれるかも知れん」

 と言った。

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