第百七十七話 稚児化粧(二)
だが和尚は差し出された衣装を受け取らなかった。
柔らかに笑い、頭を下げ、謹んで言った。
「あの子には作法も何も教えてはおりませぬ。あなた様のような立派な方のお相手が勤まるとも思えませぬ。恐らくご気分を害されるだけかと存じますゆえ……何卒ご辛抱くださりませ」
そして返答は無用、といわんばかりにさっさと立ち上がって部屋を出たのだった。
「ちっ。田舎者めが」
またも墨斎はののしると残った飯をがつがつと平らげ、それから一息ついて紫野という子供の姿を思い起こそうとした。
すると、艶やかな黒髪とふっくらした白い顔、白い手足の華奢な、見目麗しい様子が浮かんできた。
墨斎はにんまりすると、(何とかあの子供と今宵、過ごしたいものだ)と思い、立ち上がった。
それにしても、悪運強いとはこのことか。
ほどなく村人の一人が訪ねてきて、母親が死にそうだから今すぐ和尚に来てほしいと訴えた。
それが作造も親しくしている婆だったので、二人はともに村へ行くこととなった。
和尚は恵心に、
「恵心。わしも作造も今夜は帰れないかも知れぬが、墨斎殿を紫野に会わせてはならん。疾風のところにでも泊まるよう言っておくれ」
と言い残して行った。
「わかりました」
つんとしてそう答えた恵心であったが、内心は面白くない。
(また紫野か。誰も彼もが、紫野、紫野、紫野。あんな野蛮人のどこがいいのだ――ただ見目がいいだけじゃないか)
そして和尚に「会わせてはならん」と言われたからには、ぜひ会わせてやろうと思い立った。
(あいつはちょっととろいから、偶然に見せかければ私が和尚様に叱られることはないだろう)
一方、和尚と作造が寺を出て行くのを柱の陰からうかがっていた墨斎も、「しめた」とほくそえんでいた。
早速うろうろと境内を捜したが、紫野の姿はどこにも見当たらない。
厩まで来た。
馬は一頭だけがつながれている。
「ええい、どこだ」
きょろきょろしていると、恵心がこちらへやってくるのが見えた。
石の地蔵のように丸々とした顔はにきびの花盛り――墨斎は露骨に顔をしかめた。
「どなたかお捜しですか?」
その石地蔵に話し掛けられて、老僧は、だが一瞬焦ったようだった。
「えっ、いや――その。和尚はどこに行かれたのかな?」
「和尚様は村へ行かれました。多分今夜はお戻りにはなられません」
「そ、そうか……」
一瞬、ばつの悪そうな顔をしたが、ついに単刀直入に聞いた。
「ところで、紫野という子供はどこにおる? ちと話したいことがあるのだがな」
(来た)
ちらりと、恵心の目が光る。