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第百七十六話 稚児化粧(一)

 春になって山道の雪もすっかり溶けたある日の夜遅く、峠を超えてボロをまとった初老の僧侶がひとり、やって来た。

 僧は妙心寺の門前にたどり着き木戸を叩くと、一夜の宿を乞うた。

「わしは大和の僧、墨斎(ぼくさい)と申す。京へ上る途中である。我に一夜の宿を貸し、功徳を積まれよ」

 こんな恩着せがましい言われ方をされずとも、妙心は喜んで迎え入れただろう。

 この墨斎という男、大和ではよほど名の知られた高僧なのか、始終尊大な態度で妙心和尚に(えっ)した。

 人のよい和尚は丁寧にもてなし、墨斎を上座に置き飯を振舞い、作造に湯と快適な寝床を用意させた。


 珍しく恵心がはりきっている――と言うより、浮き足立っているというべきか。作造の指図を先んじる勢いで、てきぱきとよく動いた。

 (この偉いお坊様にもし気に入ってもらえたら、京に同行せよとは言ってもらえまいだろうか)

 そういう思惑が働いていた。

「やれやれ、普段からこうあってほしいものじゃ……」

 深読みもせずに、ぶつぶつとひとりごちる作造である。


「あの子供はこの寺の稚児でござるか」

 翌日朝餉の折、中庭を突っ切った紫野の姿をとらえて墨斎は和尚に聞いた。

 和尚はにっこりすると首を横に振り、

「いえ、あの子はこの村の警固衆でしてな。稚児ではございませぬ」

 と答えた。

 すると墨斎はやけに神妙な面持ちで言ったことである。

「なるほど。しかし有り体に申せば、昨夜は我慢したが、わしには今宵、稚児が必要じゃ。融通してくれぬか」

「と言われましても――この寺に稚児はおりませぬ。身の回りのお世話なら、作造か恵心にさせますが」

 戸惑い気味の和尚の言葉に、墨斎は険のある小さな眼を目尻のしわが伸びるほどに見開いた。

「稚児がおらぬ? そんな馬鹿な」

 それはずいぶん滑稽なうろたえようであったが、高僧とは稚児を当然必要とする者なのであろう。

 和尚は自分の頭を撫でながら申し訳なさそうに、

「はあ……何分こんな山奥の寺ですのでの、ご容赦くださいませ」

 と言った。

 墨斎は、(やれやれ。これだから田舎者は)と小さくつぶやき、それから思いついたように顔を上げた。

「とにかくわしはひとり寝はせん。先ほどの子供を(ねや)の話し相手によこしてくれ」

「紫……紫野を、でございますか?」

 和尚は仰天した。

 そしてなんと墨斎は、自分の荷物の中から赤い袴と白い水干を取り出し和尚に差し出したではないか。

「あの子供にこれを着せるのだ」

 その睨みつけるような強引な態度に、和尚は狼狽せざるを得ない。

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