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第百七十五話 白山幻想

 高香は夏の終わりに草路村を出、しばらくは薬を売りながら村々を回り、その後比叡山にこもる。

 比叡山には決まって小雪のちらつく頃登るのだが、雪はあっという間に山全体を白銀の世界に変えてしまう。そうなれば、春まで下りることはかなわないということだ。


 身は俗世にもどったとはいえ、高香の心はこのようにまだ御仏に触れることを欲していた。

 体のこともある。

 出来うれば、冬の間に、この比叡山にいて御仏の近くにある間に逝きたいとも思っていた。

 だが今その考えが大きく揺れている。

 春、こんなにも山を下りるのが待ち遠しくなっているのだ。

 たくさんの村人に会えるのを楽しみに思っている。とりわけ草路村の紫野に――。


 白く連なる山々は息を潜めたように沈黙している。

 それを眺める高香の胸ははやった。

 (あの雪が溶けたら。春の水音が聞こえたら)

 そう思いながら日々を過ごし、座禅の行を積む。


 病気のことは、もちろん誰も知らない。

 もしかしたら、線の細さといい肌の青白さといい高香がかもし出すはかなげな雰囲気に、高香を病気ではないかといぶかる者もいるかも知れないが、それでも誰も高香をそのように扱いはしなかった。

 そのせいで、彼自身、自分が不治の病であるということを忘れている時がある。

 御仏に寄り添いたいなどと、まったく考えない時がある。

 それは高香にとって、幸せなことであった。

 (――もしかしたら) 

 高香は思う。

 そう、もしかしたら、自分の病はいつの間にか治っていて、このまま普通の人と同じように生きていけるのかも知れぬ。

 智立法師は成人するまで生きられないだろうと言っていた。

 だが今、自分はすでに二十二を数えているのだ。可能性はある……。


 (――いつか、自分の心が御仏に触れずとも不安を感じなくなった時、その時はもうここへは登るまい)


 高香は、知らず知らずのうちに草路村を永住の地と決めていた。

 紫野や疾風が優しい女性(にょしょう)を娶り、彼らに似た可愛らしい子を得、自分はその側でまた安穏に暮らす――そんな夢さえ描き始めていた。

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