第百七十一話 花蕾(からい)(一)
薬草を貼って寝た紫野の頭の腫れは、高香の言うとおり翌朝にはすっかりひいていたが、乾いてこびりついた薬草のために自慢の黒髪は悲惨な状態であった。
「湯でふやかして取るほかあるまいのう」
作造はそう言うと、早速湯を沸かしてくれた。
裏庭で、上半身裸で頭を垂れ髪を洗っていると、蹄の音と軽い馬のいななきがした。
「カゼキリだ!」
それでも紫野はうつむいたまま動けない。今洗い始めたところだから。
するとカッカッと軽快な音とともにカゼキリが裏庭へ入ってきた。
「おはよう、紫野」
案の定、疾風の声だ。湯をかけながら、紫野も「おはよう」と言おうとした。
「よう、紫野。何だ、髪を洗ってるのか?」
その声に紫野は、思わずすだれになった髪の間から首をひねって見る。
「――聖羅?」
聖羅は声を立てて笑った。
「ナガレボシに会いに来たんだ。ついでに疾風にも声を掛けたのさ」
「先に厩へ行ってろよ。俺は紫野を手伝って行く」
疾風の言葉に「うん」とだけ返すと、聖羅は待ちきれないように走って行った。
「昨日、うちに来たんだって?」
紫野は髪を梳きほぐしながら、うん、と言い、
「俺も聖羅も馬に乗れるようになったから、三人で走ろうと思って」
疾風は桶に湯をくみ、
「悪い悪い。ちょうど親父と山に入っていたんだ。――かけていいか?」
「うん」
疾風がゆっくりと後頭部から湯をかけ流すと、湯は紫野の髪を伝いザザァッと音を立てて地面に流れ落ちた。
髪にからまる草を見て、疾風が不思議そうな顔をする。
それを櫛で梳き落としながら、紫野は昨日竜神村からの帰り道であったことを疾風に説明した。
「虎太郎――あいつか」
どうにかきれいになった髪を絞り、紫野はやっと顔を上げた。
「高香とハナカゲがひどい目に遭わされなくてよかった」
その時、ふわりとした花の香に、疾風はおや、と思う。そして紫野の裸の胸になぜかどきんとした。
(何を驚いているんだ、俺は。いつも見ているじゃないか……)
だが髪を洗うというしぐさが、何かしら色めいて映ったのは事実である。
そこに加えて、花の香りまでするとは――。
疾風は自分にあきれながら紫野を見た。
濡れた黒髪が吸い付く肌は、積もったばかりの雪のようである。