第百七十話 黄金の龍
龍神村の虎太郎は、野イチゴの実をかじりながら、今も昨日の馬に乗った白い髪の男のことをぼんやりと考えていた。
(あの男、何だ? 何であんなことが出来る――?)
馬がいなないて棒立ちになり後ろに乗っていた少年が振り落とされた時、その男は馬が少年を蹄にかけないよう即座に距離をとった。
そして馬を落ち着かせようとする一方、虎太郎たちに向かってりんと通る声を投げた。
「行け! 無体なことはするな」
後方で棍棒を握っていた虎太郎のいとこ、竜太郎が「うるせぇ!」と叫びながらかかっていった時だった。
その時、一瞬、金色の光が飛んだ。そして竜太郎の体は一間ほども後ろに弾き飛ばされていたのである。
「うわ……」
見るとコウタとゲンジも固まっている。その顎があわあわと上下に不規則に動いている様は、何となく人形のようで可笑しかった。
だが首をかしげながら男の方を見た時、虎太郎にもそのわけが理解できたのだった。
なんと、男は金色の龍を背負っていたのである。
(あれは夢なんかじゃねぇ。たしかに龍だった。金色の竜王があの男の後ろにいた……)
虎太郎はまたひとつ、野イチゴを口に放りこんだ。ぐちゅっと噛み潰し、また考える。
男は目を閉じ、大人しくなった馬の上で両手の指をからませ修験者がよくやるような独特の印を作り、声も朗々と呪文のようなものを唱え出した。
「まやかしだ……」
虎太郎は何度も目をこすり、だがさっき一瞬だけ見えたと思った金色の光がいまや馬とともに男の全身を覆い守っているかのように、はっきりと見えた。
まるでその男を守るべく、竜王がとぐろを巻いているかのように……。
「ばっ、化け物だぁっ!」
日頃恐いもの知らずのコウタとゲンジは声を上げ、すでに逃げ出す体勢である。
だがさすがに竜太郎は違った。
再び棍棒を握り、高々と振り上げながらかかっていこうとした。
「ヤロウッ!」
「よせ、竜――!!」
虎太郎が制止した瞬間、男の目がかっと開かれ、まるで金の火花が散ったかのようであった。
そして背中の龍が炎を噴きながらこちらへ体を伸ばしたのである。
それからのことは虎太郎も覚えていない。
気がついたら四人とも悲鳴を上げて一目散に村へ逃げ帰っていた。
(なぜだ、なぜだ。なぜあの男はあんなことが出来るのだ? あいつはいったい誰なんだ――)
それから数日、彼は夜、寝られなかった。
目を瞑るとあの金色の龍が浮かび、口を開けて虎太郎に向かってくる。
そしてようやく眠れるようになると夢を見た。
それは、黄金の龍に乗ったあの白い髪の男の夢――。
彼の瞳はやはり金色に輝いて、虎太郎を見た。