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第十七話 浮動の闇(三)

 丞蝉(じょうぜん)は焦っていた。

 いつになく混乱している自身を感じ、それが帰路を急がせていた。


 何と言うことだ。

 故意でなかったとは言え、俺は子供を(あや)めてしまった。

 顔はしっかり見られている。だが、名は明かしていない。

 今はともかくも、円嶽(えんがく)寺に戻ることだ。


 そこで丞蝉は、はっとした。


 あの婆。

 あの婆に、俺は寺と己の名を明かした。

 あの婆を何とかしなければ……。


 だがふと武器を携えた男集団と、あの自分の前に立ち塞がった男が浮かぶ。


 いや……俺はあの婆がどこに住んでいるのかも知らぬ。下手に捜し回るより、今はこの村から離れるのだ。そしてしばらくはこの辺りへは近寄るまい。


 丞蝉は心を決めると足早に山道を登っていった。

「白菊丸、白菊よ。俺を助けてくれ……」

 心にそう念じつつ、丞蝉の頭には昨夜のことが白昼夢のように浮かんでいた。




 千代之介を夜具に横たえると、丞蝉は手早く装束を解いていった。そして着物をめくるとそのすべらかな肌に目を細め、早速胸に唇を這わせる。

 千代之介の腹が動き、心臓が大きく打っているのが丞蝉にも感じられた。

 それは最初に白菊丸を抱いた時のようで、丞蝉の心は歓喜に沸き立った。


 僧侶は女体と交わることを禁じられている。それゆえ多くの寺には、僧侶たちの夜伽(よとぎ)の相手も務める稚児(ちご)が住まわされていた。

 円嶽寺では智立(ちりゅう)法師を頂点とし、多くの僧侶が厳しい修行を積んでいて、稚児に体の慰めを求める僧も多かった。

 円嶽寺の八人の稚児の中で、丞蝉が最も寵愛しているのが白菊丸である。

 丞蝉は今、その白菊丸の面影に酔いながら千代之介を愛撫しているのであった。


 千代之介は声も立てず、体を硬直させたまましばらくじっと耐えていたが、いよいよ気が上がってきた丞蝉が乱暴にうつぶせ上から押さえつけると鳴き声を漏らし始めた。

 だが男の欲望は止まらない。ついに細い両脚をぐいと開くと、身を押しつけた。


 あまりの辛さに千代之介が悲鳴を上げる。

 だが丞蝉は咄嗟に手でその口を塞ぐと、馬乗りのまま体を揺らし続けた。

 千代之介がその丞蝉の手をはずそうと必死で抗い出し、「うーっ、うーっ!」と唸る。だが到底力及ぶはずもない、やがて千代之介の指ががっくりと滑り落ちた。

 それから四半刻、丞蝉は千代之介の口を塞いだまま自己の陶酔に専念した。そうしてやっと解放した時、千代之介の様子がおかしいと気付いたのだ。


「おい、どうした?! おい!」


 千代之介はすでにこときれていた。目の端からは涙が流れ、体はまだ温かかった。

 丞蝉の大きな手は、千代之介の口ばかりでなく、鼻までしっかりと塞いでしまっていたのだ。


 丞蝉は己の過ちに一瞬にして興奮が冷めていくのを感じ、呆然となった。

 だがすぐ恐怖に突かれ、丞蝉は衣を身に着けると離れを飛び出した。

 

 先刻来た時と変わりなく松虫が鈴の音で鳴き、群雲が懸かる月夜の道であった。

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