第百六十八話 聖羅とナガレボシ(一)
寺へつくと恵心が二人を出迎え、今聖羅が来ているという。
「作造さんと、厩にいます」
相変わらず、つんとした物言いの恵心である。
ハナカゲの背から薬箱と村人からもらった品々をおろすと、高香は紫野に言った。
「先に和尚さんのところに行っている」
「うん」
紫野は先ほどの疾走の興奮を聖羅に自慢したいのだろう、いそいそとハナカゲの手綱を引いていった。
「あっ、紫野」
聖羅はひとりでナガレボシに乗っていたが、ハナカゲを連れてきた紫野を見つけると、得意そうに手綱を引いてくるりと馬の方向を変えて見せた。
「あ、ナガレボシが――すごい」
紫野が驚いたのも無理はない。
じつはナガレボシは案外気難しい馬で、荷馬車には大人しく繋がれたが、決して人を乗せたがらない馬であった。去年の夏以来、聖羅と作造が地道に世話をしつづけてやっと、この春から聖羅を背に乗せるようになったほどだ。
だがそうなればなったで、今度は聖羅が他の馬に乗るのが気に入らないのか、ハナカゲで乗馬の稽古をしようとするといなないて暴れるのだ。
結局聖羅はナガレボシに乗るしかなかったが、最初はまるで言うことを聞かない。聖羅は何度も振り落とされた。
まるで苦もなくカゼキリを乗りこなした疾風は、そんな聖羅にひたすら感心し、聖羅の忍耐強さを誉めた。
だが聖羅は小さい頃、ずっとこうやってひとりで遊んできたのだ。得意の鞭も矢も、その賜物である。
ある意味、この新たな試練に夢中になっていた。
「どうやらナガレボシのやつ、やっと素直に言うことを聞く気になったらしいのう」
作造も嬉しそうである。
馬上の聖羅も近頃ではすっかり手足が長くなって、見た目にも安定感が出てきたと思った作造は、
「どうじゃ、軽く走らせてみんか?」
と、つい調子に乗った。
「おう」
言うなり聖羅はナガレボシの腹を軽く蹴り、狭い厩の周辺を軽快に回り始めた。が、思いきり走れないことに苛立ったのか、ナガレボシがヒヒーンといなないて棒立ちになった。
「あっ!」
紫野が目を覆う。
自分はこの体勢のハナカゲから落ちたのだ。
だが聖羅は両足でしっかりと馬の腹をはさみ、自分もバランスよく伸び上がって手綱でうまくナガレボシを制した。
そして余裕の微笑み――。
それを見た作造が、ほっとしたと同時に感心したように顎を撫で、
「筋のいいことじゃ。さすが、さすが」
だが、
「俺も今、ハナカゲと一緒に駆けてきた! ――聖羅、行こう!」
と言う紫野の言葉に目を丸くしたのも一瞬、ぴょんとハナカゲに飛び乗って再び聖羅と寺を駆け出して行く紫野を止めることは出来なかった。