第百六十五話 希代の薬売り(三)
二人は龍神村に二日、滞在した。
高香は、三男坊の経過を見がてら村人たちの家に薬の需要がないかどうか、紫野とともにまわった。
人々は高香が村長に招かれた薬売りだと知っていたので、警戒も遠慮もなく自分や家族の体について相談をし、薬草をもらった。
龍神村は、海かと見まごうほどの大きな湖に面している。
薬の礼として、米の他に彼らはここで獲れた魚や貝や海草を高香に差し出した。
そうして三日目の昼過ぎ、二人はようやく草路村への帰途についていた。
ハナカゲの上に乗っていると、木の枝や葉や花にたやすく手がいく。
紫野は高香の後ろにすわり片手を高香の腰にまわしながら、時々伸び上がってはそれらをむしり折っていた。
「紫野、危ないからおやめ」
すると紫野は折り取った小さな白い花をつけた枝を高香に手渡しながら、
「これ、クスノキだろ? 高香の薬にできると思って」
そう言われると、何も言えず、苦笑するしかない高香である。
それからしばらく、紫野は高香の背中に張り付いて、機嫌よく鼻歌を歌っていた。
だが昨夜、紫野に抱いた感情が再び高香の胸にせり上がってきて、高香は自分の腰に回された紫野の手が気になって仕方がない。
紫野がきゅっとつかみなおすたび、さわりと動かすたび、ぎくりとした。
背中で歌っている紫野の声は、高香の心臓をわしづかみにするかのように刺激する。
もしも今振り返って、紫野を思いきり抱き締めたら……。
これまでただ一人の人間にこれほど心乱されたことはなかったことを思い、高香は思わず苦笑いをした。
(私も結局、僧侶の悪癖を身につけていたということか。こんな幼い少年を愛でるようになろうとは)
意外なことに、開き直っておのれを笑ってしまえば心は少し軽くなった。
さっきまでどぎまぎさせられていた紫野の手も、ようやく気にならなくなった時――
「その馬っこ、置いてってもらおうか」
突然太い、だがまだ若い男の声がした。
はっとして高香がハナカゲを止めると、その前に行く手をふさぐかのようにバラバラと三人が立ったではないか。そして後ろにもこん棒を持った男が一人――。
「虎太郎だな」
高香が静かに言い、目の前の若い男を見つめた。
いじめっ子というには大人になりすぎているその男は、ぼってりとした巨体を揺すり、赤銅色に日焼けしてあばただらけの汚れた顔に不敵な笑みを浮かべつつ、ぺっと唾を吐いて子分どもに命令した。
「やっちまえ」
細い山道である。
ハナカゲの進路を変更することは容易ではないことは、高香にはわかっていた。
「高香、俺が……」
と紫野が身を乗り出したのと、前にいた二人の子分が大声を上げハナカゲを驚かせたのは同時であった。
ハナカゲは突如いななくと、前足を大きく上げて後ろ足で立った。
「紫野!」
あっと思う間に、手を滑らせた紫野はハナカゲから落ちて地面に叩きつけられた。